第39話

 そこからの数日間は何も手に付かなかった。執務室には向かうけれど、思うように仕事も捗らない。


……分かっているの。どこかで区切りを付けなければいけない事くらい。


――クレア。この件が一段落したら少し休めばいい。大丈夫だ。優秀な側近だっているのだぞ?偶には寝て過ごせ。働きすぎだ。

 ……グラン様。


「陛下、マルタナヤールから第四王子が到着致しました」


私はハッと目の前に意識を戻す。


「分かったわ。謁見の間へ向かいます」


 私はやるせない思いと怒りでどうにかなりそうだ。ヤワン王子がいなければ、奴隷制度のある国なんてなければ、と。


「陛下、どうか魔力をお抑え下さい」


 謁見の間に付いた私は宰相の言葉で魔力が漏れている事に気づく。宰相やその場にいた護衛騎士、チュイン、フェルト、モラン達の顔色が悪い。


――ククッ。漏れ出ているのは魔力だけではないぞ?威圧もしている。宰相はよく耐えておるな。

 グラン様の言葉にハッと威圧も消す。


「隣国より元第四王子のヤワンが到着致しました」


 隣国の兵士に連れられて謁見の間に現れたヤワン元王子。彼は縄で縛られているだけのようだ。馬鹿にしているのかしら?それとも隙を見て私の命を取ろうとしているのか。チュインはいち早く私の視線に気づいたようで準備体操を少し離れた所でしている。


 兵士の一人が私の前までやってくると一礼をした後、シュルヴェステル陛下からの書状が読み上げられる。改めてマルタナヤール国は我が国に敵意は無い事、ヤワンは廃嫡した事、賠償金とヤワンを送るという内容だった。


「さて、ヤワン。申し開きはあるか?」


私が問うと彼は微笑みながら語りだした。


「クレア陛下、噂に聞くより美しい。この度の事は悪かった。側近が全て行った事だ。王子を辞め、私はこれからこの国の民となる。陛下の側で支える事を誓おう。どうか許してほしい」


「そうでしたか。分かりました。では、許しましょう」


そう言って私は微笑むと、彼は立ち上がり、小さく呟く。『馬鹿な奴』と。


後ろの手で何かをしている様子。勿論チュインにはお見通しだが。


「……なんて言うと思ったのか?」


「なっ!?」


 ヤワンは驚きを隠せないでいた。むしろ何の取引も無いのに許す訳がない。こちらの方が驚きだ。頭が本当に緩いのか。


女だからと馬鹿にされているのか?


本当に側近に騙されていたのかもしれないわね。『ラグノアはお人好しですぐ騙されてくれる』と。


 ヤワンは準備が出来たのだろう。突然縄を切り、手に付けていた指輪を撫でる。どうやらその指輪には魔力を通して何かをする事が出来るようだ。


「許してくれと言ってももう遅いぞ!俺が貴様の代わりにこの国の王となる。お前は愛妾としてこれから飼い続けてやる」


そう言い終わるかどうか、という所でボトリと音がした。


「!!?」


チュインが面白そうな表情をして切った物を拾い、フェルトに切った物を二つ投げて寄こした。


「ほぅ。研究のやり甲斐がありそうだ。陛下、これを頂いても?」


「後で解析の結果を纏めて欲しいわ。私も研究に参加したいくらいよっ」


 コホンと咳払いをする宰相に一同口を紡ぐ。そう投げられたのはヤワンの指輪の付いた手だった。もう一つはヤワンを縄で捕らえていた兵士のもの。


血が流れない所を見ると、チュインは特殊魔法を使ったのだろう。流石に謁見の間を血で汚すのは駄目だと思ったのかもしれない。


二つの魔力を溜めた指輪は暴走しそうな勢いだが、フェルトがゆっくりと魔力を抜いている。


 私はその作業を横目に目の前にいる犯罪者の対処をしなければならない。


「さて、ヤワン?お前は私に刃を向けた。あの指輪は王族専用の魔道具に指定されているものだろう?これは宣戦布告だ。マルタナヤールから一緒に付いてきたその兵士も協力者とみなす。さてどうしようか?」


 ヤワンは先程とは打って変わり嘘だ、嘘だと繰り返し、恐怖心が芽生え始めているようだ。ようやく自分の置かれている状況が分かってきたのか。


――これでも第四王子だったのかと思うと溜息しか出ないな。クレア、これは意図的に戦争を引き起こそうとしているのだろう。喧嘩を買うのか?

 どうしましょうかね。隣国は奴隷制度がありますが、無い国に引き渡してもよいかもしれませんね。


 この後の処理を考えなければならないわね。


――全く、余計な事をしたな。

 えぇ、本当に。


逃げようとするマルタナヤール国の兵士達も全て捕らえる。


 私はとりあえず、目の前の元王子の処罰を決める事にした。腐っても王子、下位貴族並みに魔力だけはあるようだ。


そう、我が国は言ってしまえば陸の孤島のような地形なので他国との交わりなく過ごしているから気づきにくいのだが、他の国では年々魔力が無くなりつつあるのだとか。国を覆う結界が無いせいなのか?興味深い所ではある。


結界の養分と考えたが、下位貴族並みなのであまり保たないだろう。やはり民に晒すべきかもしれない。


「明日、中央広場で処刑にする。死後の遺体はマルタナヤール国へ送る」


「「「承知致しました」」」


 モランの指示で近衛騎士達は嫌だ、嫌だと喚くヤワンや兵士達に猿轡をして魔法錠を足にはめて牢へと連れていく。


「仕事が増えたわっ。宰相、この後会議をするわっ」


「畏まりました」


 そうして謁見の間を後にし、そのまま会議室へと向かった。


頭が痛いわ。


けれど、こればかりは仕方がない。グラン様が言ったようにこれが終わったら休みを貰うことにしよう。




私はそう心に決めて会議室へ入る。


 次々に各要人が会議室へと入ってくる。私はロダが淹れたお茶を飲みながら色々な策を考える。が、相手を潰すしか思いつかない。


……疲れているわね。

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