第33話

 隣国も一枚岩ではない。あちらの貴族も自分達の都合で利益を上げようとしているのだろう。会議は夜遅くまで続いた。


当初は第三騎士団だけで取引現場を押さえる予定だったが、第四騎士団も参加する事になった。そして第一騎士団のモラン団長が掴んでいた情報の中に取引当日に王都や城内で襲撃が行われるのではないかという内容があったそうだ。あちらも陽動作戦を起こそうとしているのだろう。


城内は第一騎士団、王都は第五騎士団が取り締まりを行う事になった。団長達は騎士達には当日までは勿論伝えない。そして第二騎士団は総出でサンダー侯爵周辺の情報の洗い出しを行う。優秀な者達ばかりなので心配はないとおもうけれど、それでも不安は解消されない。万全の態勢で臨みたい。


 会議を終えた翌日から取引までの日は通常通り執務が行われる。変わった事といえば、第二騎士団からの連絡が直接執務室へと届けられる事だろうか。


王都での襲撃はスラム街の人を使い、中央通りの貴族ご用達の店を襲撃するようだ。城内の襲撃についてはまだ誰が謀反を起こすかまでは判明していない。


寝首を掻かれたくは無いので執務室や自室以外では身に纏うタイプの結界を使用している。グラン様は気配で分かるらしいけれど、私には難しいと思うの。自衛のためには常に纏っているしかないのよね。




「陛下、忘れておられるかもしれませんが、本日はアスター・コール殿と二回目のお茶会です」


「……すっかり忘れていたわっ。マリル、どうしようっ」


あわあわと狼狽える私を横目にマリルは準備をしていたようだ。


「クレア陛下、すぐに準備しましょう」


「ロダ、場所はどこだっけっ?」


「騎士団の団長室です」


団長室……?


そんな約束したっけ?と謎に思っていたらマリルが用意してくれたのは乗馬服だった。

「えっと、マリル。遠駆けでもするのかしら?」


「私には分かりかねますが、アスター様のご要望で動きやすい服をということでした」


「嫌な予感しかしないわっ」


「……きっとコール侯爵子息は騎士ですから……」


 マリルはそっと視線を外している。アスター様は脳筋なのを知っているのか。


この時期に遠駆けは襲って下さいと言っているようなもの。団長達に止められているに違いないのだけれど。私は護衛騎士と共に騎士団の団長室へと向かった。


 訓練場の横を通って団長室に入るのだけれど、今日は真面目に騎士達も訓練を行っている様子。前回は酷かったものね。頑張る人達は応援したくなるわ。けれど、残念な事にやはり私は陛下だと認識されていないようだ。女性騎士の一人だと思われているのかしら。


護衛騎士は私の考えていた事に気づいたようで眉間に皺が寄っている。


きっとこの後、アーロンへ報告するのだと思う。いや、私が普段から騎士団へ顔を出していないからなのかしら。自分も反省点があるように思えてくる不思議。


―コンコンコンコン―


 私はノックをした後、部屋へと入る。するとそこには第三騎士団団長のシーロとアスター様が忙しく執務を行っているようだ。シーロ団長は私を見ると驚いた様子で起立し、騎士礼を執る。もちろんアスター様も。


「ク、クレア陛下。むさ苦しい所ですみませんっ!アスター!お前!何でこんな所に陛下を呼んだんだっ!?」


シーロ団長はアスターに言っているが、アスターはあまり気にした様子がない。


「将来の妻となる人にしっかりと私の現状を見てもらいたくて呼びました」


「「……」」


 その言葉に団長も私の護衛騎士も絶句。まぁ、そうよね。私とは合わないと言いたいのかしら……?


「ふふっ。忙しい所ごめんなさいね。私が仕事を押し付けてしまったから」


「いえ、構いません。団員達もクレア陛下の作成した訓練メニューで鍛えなおしている最中です。まだまだ訓練が足りないくらいですよ。クレア様、私と手合わせいただけますか?」


……え?


「て、手合わせ?」


「えぇ。是非」


 これ以上無いほどの笑顔で私をエスコートするように手を差し出した。その様子を見ていた護衛騎士は額に手を当てて唸り、シーロ団長はアスター様を後ろから叩く。


「おいっ!あり得ないだろう!?」


「え?だって親睦を深めるには剣を交えるのが一番でしょう?」


「お前なぁ!?クレア陛下は女性だっ!馬鹿なのか!?あぁ、絶対馬鹿だろう!!?」


――馬鹿がいたな。これを推薦したのは宰相だったな。馬鹿は扱いやすいとでも考えたに違いない。

 グラン様、どうしましょう?


――身体も執務で鈍っていた所だ。まぁ、偶には相手をしてやってもよい。


 団長からは執務もこなせる優秀な人だと聞いていたけれど、ここにきて脳筋確定発言。真っすぐな人なのね。確かに前回のお茶会でも剣術について話をしていたけれど、本当に剣以外興味がないのかも。


王配になったら令嬢達にも運動のためと模擬刀を持たせるかもしれないわ。


「一度だけで良ければ」


私は手を取る。エスコートのまま訓練場へ向かう私。勿論シーロ団長も護衛騎士もしっかりと後ろに付いている。頭が痛いわ。訓練をしていた騎士達が驚いたように手を止めている。


「あぁ、君たち少しだけ後ろへ下がってくれ。黙っていれば見学しても構わん」


 シーロ団長が呆れ果てた様子で騎士達に指示をする。騎士達の期待は一気に上昇しているようだ。

「クレア様、この模擬刀で良いですか?軽いレイピアタイプの方が体型に合っていそうですが」


「あぁ。これで構わん」


 グラン様と代わり、私は見学に回る。グラン様はというと、剣を握って感触を確かめている。


「ふむ。いいぞ、シーロ、合図で始める」


 シーロ団長は二人の間に立ち、注意事項を説明した後、始めと言葉を告げた。アスター様はグラン様との距離をどう詰めようかと考えている様子。すると、一歩踏み込んで剣を振り下ろしてきた。


グラン様はニヤリと口角を上げて両手で持っていた剣を片手に持ってさっと地面を引っ掻いた。当然地面の砂が舞い上がりアスター様にかかった。一瞬だった。ほんの一瞬アスター様が砂を避けようと目を閉じた時にグラン様は踏み込んでそのままアスター様の腹へ蹴りを入れて飛ばしてしまった。


剣術でも何でもない攻撃で相手を倒してしまったわ。


静まり返る訓練場。


あぁ、これは令嬢としてはオワッタ感が否めないわね。


――大丈夫だ。クレアは女王であって一介の令嬢とは違うからな。

 ……。 


 がっくりしている私を他所に起き上がったアスター様は今まで以上に満面の笑みを浮かべながら向かってくる。グラン様はアスター様の剣をいなしながら偶に魔法攻撃を行う。その度にアスター様は電撃でビリビリとなったり、水も滴るいい男となったり、焦げたりした。


シーロ団長の『止め』という言葉で剣を下げる。


「素晴らしい!!感動しっぱなしです」


「えっと、どうも?」


 私は困惑の色を隠せないでいる。アスター様はすぐに私の手を取り、スマートにエスコートしたと思うと、見学していた他の騎士達を無視して団長室へとすぐに向かった。


 そこから流れるように先ほどの手合わせでの話が進む。どうやら彼の中で剣を持ちながら邪道とされる蹴りや目つぶし、魔法を使った事が新鮮に映ったらしい。前回もそうだったけれど、私が訓練場で手合わせをする度に彼の中で培ったルールのような物が壊れていくらしい。


これには私も苦笑いをするしかない。そしてフォローを度々入れてくれるシーロ団長の気遣いが有難い。


 時間ギリギリまで戦闘中の魔法の使い方などの話をしていた。私に付いている護衛騎士はずっと眉に皺が寄ったままだったのは仕方がないのではないかしら。まぁ、面白い人よね。王配として向いているかは疑問に感じてしまうけれど。彼の中では強い女は問題ないのね。強い女や賢い女は倦厭されがちなのだけれど。相手の強さを認める強さを持っているのね。とても素敵な事だと思うわ。


と、思いながら子猫ちゃんを抱きしめつつベッドに入った。

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