第20話

 その数日後。ついにその日がやってきた。昼食後に一羽の鳥が私の机に降り立つとそのまま書類へと姿を変えた。緊急の書類だろうとすぐに目を通すと、その書類は公爵家がソフマン子爵家への植物の売買を記録した帳簿や領収書。禁止薬を製造している建物の場所、作成者、金銭の授受に関して事細かく記されていた。


私は執務の手を止めて硬い声で指示をする。


「ロダ、至急モラン団長とバルトロ副官、筆頭魔導士のフェルトを会議室へと呼んでっ」


 私の一言で執務室は一気に緊張と慌ただしさが支配した。私はドレスから軍服へと着替えた後、側近を先頭に無言でみな会議室へと入っていく。団長とバルトロ副官。侍女長、筆頭魔導士のフェルトも会議室へとやってきた。もちろん部屋にはアーロンも側近三人もいる。


「皆、集まったわね?これよりブラス・カミーロ及びその一族、邸に仕えている者の捕縛を行うっ!罪名は王の殺害及び禁止薬の販売。フェルト、夫人の居場所は確認している?」


「はっ。ソフマン子爵夫人は公爵家の別邸、禁止薬を製造している邸の一室に囚われております。では公爵家突入と同時に禁止薬の確保、夫人の救出を。騎士達が一斉に動き出すこの隙を狙い、結界があるとはいえ城内は手薄になる。相手は死に物狂いで反撃に出る可能性も否定出来ない。各人十分に注意するように」


 私はそう言うと、会議室にいた全ての者が礼をした後、各持ち場へと向かった。そこから私は会議室に結界を張り、許可した者のみが入室出来るよう状態にしておいた。カミーロ公爵家はこの国の貴族の中でも一、二を争う程の力を持つ。


そんな貴族が王家に剣を向けてきたのだ。下手をすれば内乱を招きかねないと危惧しながら連絡を今か今かと待っている状況に心が苦しくなる。


――クレア、大丈夫だ。みな頑張っているだろう?少しは落ち着くのだ。 

 ……ですがっ、ここが山場だと思うと……。


――山場ではないぞ?ここからが始まりだ。今から疲れては動けない。少し落ち着け。   

 ここからが、始まり。そうですね、私としたことが。事を急いていました。 


――そうだぞ?よく見ろ、みなクレアのために必死に働いてくれておる。よく見ておくのだ。



 そうしてグラン様と私は交代し、状況を見守る事にした。


 連絡係が忙しなく会議室へと入ってくる。各所からの報告書も次第に会議室へと集まってきた。一番初めに飛び込んできたのは禁止薬を作っていた別邸へ騎士団が乗り込んだという報告。


特に警備は厳しかったようで数名の騎士が負傷したようだ。従者の一人が乾燥させた植物に火を付け、証拠隠滅を図ろうとしていたようだが、寸前の所で取り押さえられたという事。


そして子爵夫人の確保に向かった魔導士が目撃したのは、薬を製造していた者の一人が夫人も道連れにしようと斬りかかったようだ。夫人は傷を負ったが、傷は浅いらしく現在治療しながら王宮へ向かっている。


 絶え間なく入ってくる情報に心動かされないよう必死に耐える。そうしている間に何処かから爆発音が聞こえてきた。


王城自体に攻撃を防ぐような結界も張られているし、城内に作用する結界も張ってあるのにも拘わらず、だ。


結界をすり抜けるような特殊な魔道具でも持っているのか?疑問に思いながらも報告を待つ。


「陛下!ご無事でしょうか?」


駆けこんで来たのは第二騎士団事務官。


「ガーランド、状況を報告せよ」


事務官は冷静を装いつつ報告を行う。


「はっ。現在城を内部から破壊しようとしている騎士がおり、第二、第三騎士団で対処中であります」


「ほぉ、その騎士はどこの者だ?」


「第三騎士団所属、ドラン・コーウィン。ムード・コーウィン。第四騎士団所属、ギゴル・ロング、ゾーラン・ヒル、ランドルフ・シェンド以上の五名です。第四騎士団は突然の騎士達の裏切りに負傷者が多数存在。至急応援を」


「ふむ。第零騎士団から騎士を二名向かわせろ。城は零で対応するように」


「はっ」


 公爵家一族の捕縛に動いているのは第二騎士団と第五騎士団だ。第二騎士団は三分の二、第五は全員向かっている。いつもより少ない人数での城の警備を突いて攻撃したのだろう。


零師団から人を出したのだ。すぐに対処するだろう。


 零師団は一騎当千と呼ばれる程の強者。少人数で構成される団だが、問題児ばかりの団でもある。問題児ばかりのため他の騎士団と交わる事がない。どちらかと言えば王家の影と共闘している事が多い。彼等が赴けば優秀な騎士であってもすぐに対処するだろう。


因みに結界を張った時に零師団長を呼び出さなかったのは一人一人と魔法契約を行っているため裏切る事はないのが呼び出さなかった理由だ。




「クレア陛下。只今裏切者を捕縛し、牢に入れておきました。他にも我々の活躍する場が欲しいものです」


 慌ただしく情報のやり取りをしている会議室にいつの間にか入室し、机に腰かけながら優雅にお茶を飲んでいる人物こそが零師団団長チュイン。


「チュイン、流石だな。で、奴等は何を持っておったのだ?」


「バレていましたか。王城の結界を通り抜ける腕輪、攻撃力を補助する道具を所持しておりました。魔導士が嬉々として道具を持っていきましたよ?」


「あぁ、それから結界を守るために魔導士のベイカー殿が一人奮闘されていたのでライカを向かわせました」


「……そうか。助かった。モラン、公爵はまだ捕まらんのか?」


「はっ、公爵の抵抗は凄まじく、時間が掛かっております」


「チュイン、第二騎士団を手伝うか?」


「暇を持て余している彼等には丁度いい。では行ってまいります」


 そういうと、チュインは颯爽と会議室から出て行った。


「やだぁ~。零が動いちゃうのぉ?公爵邸が廃墟と化しちゃわないかしら」


ナーヤが手を止めて発言する。


「零が動くとなれば仕方がない。モラン、他の騎士団で零をフォローしろ」


モラン団長は頷いた。

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