第18話

 お茶会を終えて執務室へと戻るとロダが小さな宝石の付いたブローチが沢山入った箱を私の机の上にドサリと置いた。


「陛下、令嬢達へのお土産はこれで良いでしょうか?」


「ロダ、気が利くわっ。術は魅力で良いかしらっ。あと、マレナ嬢が目を覚ましたら会いに行くわっ」


「畏まりました」


 私はブローチを一つ手に取っては装着者の魅力度が上がる魔法を宝石に付与していく。宝石に魔力を付与出来るのは魔法が使える者でもほんの数名程度。市場に出回ればどんな小さな宝石でも高値で取引される貴重な物に変わる。


私が長年の研究で編み出した方法なので問題なく付与出来る。小さな宝石では少しの効果しか付与出来ないため、今回のブローチはおまじない程度の代物だと思う。


色々解毒や物理攻撃無効なんて考えたけれど、一般的な令嬢には必要ない。それよりも婚約者や好きな殿方に少しでも自分を良く見せたい乙女心を気持ちばかり後押しできる物がいいかなぁと思ったの。


我ながら素晴らしいと思う、自画自賛ね。


 ナーヤは凄いわと絶賛していたけれど、イクセルもミカルもアーロンも物理攻撃無効の方が良いのでは?なんて言っていたわ。


乙女心が分からない男どもめっっ。


 人数分の付与を終え、執務に戻ってしばらくした時、マレナ嬢が目を覚ましたと連絡を受けた。私は今日の執務はこれで終わりとばかり側近に告げて医務室へと向かう。側近が優秀すぎて日を追うごとに執務時間が減ってきている。


そしていつの間にか全員、私がやっていたように身体強化の魔法を使い完璧に書類を捌いている。最初は強化に紙がついていけず、破れたり、インクが飛んだりしていたけれど、丁寧な作業に慣れてくると効率がグンと上がるのが良かったようだ。


一日の労働時間が短縮されると思うとやはり身体強化を使う方がいいと判断したようだ。




「マレナ嬢、具合はどうかしら?」


 医務室へと入ると、倒れた時より幾分か顔色が良くなっている様子。だが医者の話では過度の緊張が続いたのではないかと言っていた。ソフマン子爵家では一体何が起こっているのかしら。マレナ嬢は身体をベッドから起こしてカーテンシーを行おうとしている。


「そのままでいいわ」


「クレア陛下、この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


「マレナ嬢、何か子爵家で大変な事でもあるのかしら?」


 何気なく聞いた言葉で彼女の表情は暗く苦悶の表情をしている。聞いてはいけない一言だったようだ。私はしまったと思ったけれど、口から出た言葉はもう元には戻せない。さて、どうしようかしら、と思っていると。


「……クレア陛下、人払いをお願い出来ますか?」


 彼女は覚悟を決めたようでそう口にした。結界もあるし、マレナ嬢と二人きりになっても対処出来るので医者や従者達をほんの少しだけ部屋から下がるように指示をした。護衛騎士はかなり渋っていたけれどね。何かあればすぐ呼ぶわ、と声を掛けた。


「で、話とは何かしら?」


「は、はい。現在兄は領地の管理しながらも騎士として王宮に働いております。父も狭いながらも領地の経営をしております。そこで得た収入を全て病弱な母の薬を買うために当てておりました。


ここ数年、母の病は重くなる一方、母の薬代で度々借金をする程に。私も来年成人となるため王宮へと働きに出ようと家族で話をしていた時、本家であるカミーロ公爵様が我が家にやってきたのです。そして母の薬代を出し、借金も肩代わりする代わりに領地でガザング草やポリンボンの花の栽培をして欲しいと言ってきたのです。


父は国で禁止されているガザング草やポリンポンの花を育てるのに拒否をしていましたが、公爵様は母を人質にしてガザング草を無理やり栽培させられております。


最初のうちは公爵様は母を心配し、お金を置いていきました。もちろんそのお金で私達は母の薬を買いました。母の病が薬で良くなってきた時、公爵様は母を公爵家へと無理やり連れていき、禁止植物をもっと育てろと命令してきました。


母の命と引き換えに。父は公爵様の命令に逆らえず、禁止植物を母の命を救うべく育てております。ですが、やはり私達もこのままではいけないと思い、先日父は公爵様に植物を作るのを止めたいと話をしたのです。すると、植物を育て続けなければ私を捕まえて奴隷に落とすと……」


そこで彼女の言葉は詰まり、涙を流している。


「……そう。話は分かったわ。禁止植物を育てるという事は一族全て処刑になるのは分かっているわよね?」


「……はい。覚悟は出来ております」


彼女はベッドから降りて土下座をして私からの沙汰を待っている。


――クレア。子爵家が育てている草は兄を殺した薬の材料ではないのか? 

 確実なことは言えませんが。


――なら分かるであろう? 

 ……それしかありませんね。


 私は一瞬だけグラン様と会話した後、マレナ嬢に声を掛ける。


「マレナ嬢、頭を上げなさい。家族を処刑するのを考えてもいいわ。けれど、分かっているわよね?」


「……私に出来る事なら命を賭しても陛下の命に従います」


「なら良いわ。これに署名なさい」


 私は魔法で紙とペンを手元に手繰り寄せ、サラサラと紙に書き、彼女に渡す。この紙は魔法契約書になっていてサインをすると私に逆らう事が一切出来なくなる。マレナ嬢は躊躇う事無く魔法契約書にサインをした。


そこまで彼女も彼女の家も追い詰められているのね。


 私は魔法契約書をそっと執務室にある鍵付きの机の引き出しの中へ転送させた。


「マレナ嬢。怪しまれてはいけないわ。今日は体調を崩しているところ申し訳ないけれど、すぐ帰りなさい。兄を連れて。後日、指示を出すわ」


「承知致しました」


 私はすぐに医者を部屋に戻して少し多めの薬を出すのと、従者には彼女と騎士である兄を家まで送り届けるよう指示を出してから部屋へと戻った。


――クレア、手駒が一つ増えたな。

 そうですね。それに兄を殺したのがカミーロ公爵の線が濃厚となりました。絶対に許すことは出来ません。


――だな。地獄を見せてやらねばならん。それにしてもあの契約。奴隷よりも奴隷だな。    

 ふふっ。何を仰るのやら?私達王家に仕える影は全てあの魔法契約をしております。何も問題は御座いませんでしょう?


――まぁな。クレアの成長が目覚しいな。


 グラン様が言っていた奴隷よりも奴隷な魔法契約書。前にライが言っていた魔法契約の一種。契約にも様々な物があるけれど、マレナ嬢にサインさせた紙は契約した者は主に対して全ての命令を忠実に守る。


喋るなと言えば声を出せなくなる。死ねと言えば自害する。本人の意思とは無関係に命令を忠実に守るように身体が勝手に動いてしまうのだ。一番重い契約。他国が扱っている奴隷は主に借金や犯罪者、戦争捕虜だ。奴隷印が刻まれ、刑期を全うした時に自動的に奴隷印が消えるようになっている。


だが、借金奴隷については金を返せない者も多く、生涯奴隷の者も多いようだ。そして犯罪者については重罪人は最下層の奴隷として扱われているらしい。奴隷は自分の意思で主人の命令に従う。拒否権はあまりないが、自害する事や喋る事などそこまで厳しい縛りはない。逃げ出す事や主人を攻撃する事は禁止されているが。


まぁ、影が魔法契約をしているとはいえ、無理難題をさせるつもりはない。

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