第14話
「ベイカーっ、来たわっ」
私は勢いよく扉を開くとベイカーは相変わらず魔法陣とにらめっこをしている。
「あぁ、クレアか。久しぶりだな。ちょっと待っていろ」
「相変わらずねっ。勝手にお茶でも飲んでおくわっ」
「あぁ、そうしてくれ」
私は散らかったベイカーの研究室のソファに座わろうとすると護衛騎士がさっとソファに乗ってある書類を避けてくれた。魔法でティーカップを持ってきてお茶を淹れ、護衛騎士にも渡して一緒に飲む。
今度の魔法陣はどんな物を作っているのかしら?
魔法陣とにらめっこしているベイカーを見つつ、サイドテーブルに投げ捨てられたように置かれた手紙を見つけた。
たまたま目についてしまったの。
あくまでも、わざわざ読んだ訳ではないのよ?
その手紙はずっとベイカーが妹だと言っていた令嬢の手紙。妹とは言いつつ、実の妹でも異母妹でもない。妹のような存在の令嬢。
その令嬢からベイカー宛てに『クレア陛下との婚約候補者になることは拒否できないと聞きました。ベイカー様の幸せを願いたい気持ちと私が一番であって欲しい気持ちがせめぎ合っています。
あの夜、ベイカー様と共に過ごせた事が今でも私の胸を熱くします。私はベイカー様をずっとお慕いしております。私の事だけを今も、これからも考えていると信じております』
……どうしましょう。
視線を泳がせて困惑している様子の私に気づかず魔法陣と向き合うベイカー。護衛騎士はそっと私の手から手紙を受け取ると目を通して同様に困惑している様子。
これは黙っておいた方が良いのかしら?
私の婚約者に選ばれるのは婚約者の居ない年齢の近い者のはず。
私はベイカーの恋路の邪魔をしたのだろうか。
――悩むなら聞いてみれば良いではないか。妾の事は最初に知っておかねば後々諍いの元になるぞ?
め、妾!そ、そうですねっ。
「べ、ベイカー?最近、ソフィア嬢とはどうなのかしら?付き合っているのかしらっ?」
「ん?あ?ソフィア?あぁ、あいつとは何でもないぞ?」
「えっ?だって、この手紙……。夜を共にしたと書いているわっ」
「あー。それを読んだのか。捨てていなかった俺も悪いな。ソフィアと彼女の両親から頼まれたんだ。魔導士の子が欲しいってな。強かな女だよ、あいつは。俺の子を成して強引に結婚に持ち込むか、クレアを強請る気だったようだからな」
「……子を成したの?」
今まで魔法陣に掛かり切りだったベイカーは手を止め、私の隣へボスンと座った。その表情はいつになく怒ったような顔をしている。
「するわけないだろ。こっちこそゴメンだ。あいつの邸に呼ばれて行ってみれば薬は盛られるし、両親から研究費用を出すから息子になれと迫ってくる始末。
家族ぐるみで俺を取り込もうと必死だったんだろ。俺も腹が立ったからソフィアの寝室に押し込まれた時にソフィアに幻覚を掛けてやった。貴族はああいった輩が多いからな。クレアも知っているだろう?」
「……そうね。魔力が欲しい貴族は多いわね」
私が降嫁するために魔力を隠していた理由でもある。貴族の争いから魔導士たちを守るために国が魔導士を大切に保護している側面もあるのだ。その代わり魔法の研究や国を守るために戦闘を行っている。まぁ、ベイカーを見て分かるように魔法研究に生涯を捧げるほどの偏屈が多いのも事実だけれど。
中には来るもの拒まずな魔導士や謝礼で閨を引き受ける者もいる。既に子供が十人を越える強者もいるのだ。ある意味、バランスはそうして取れているのかもしれない。
「俺は生涯一人でいい。陛下の部下で居させてくれ。駄目なら愛妾でもいいぞ?俺は研究に身を捧げたいんだ」
「……そう、ね。ベイカーは魔法が好きだものね。でも、ソフィア嬢はどうするの?子供は出来ていなくてもそう思っているんでしょう?」
ベイカーは私の飲んでいたお茶をゴクりと飲み干して笑う。
「あぁ。それは大丈夫だ。薬を盛られてイラついたからすぐに教会に飛んで身体検査をしてもらった。薬が盛られた記録が残っている。俺を強請る手段として教会に駆けこめばあいつらは捕まる予定だ。面白いだろう?」
国によって保護されている魔導士に危害を加える事は罪となっている。教会は婚姻に関する事や弱者の味方であると謳っているため、強引に押し進められた行いに対して厳しく対処している。内々に魔導士の緊急避難場所としても指定されているのだ。
「ふふっ、愛妾って。ベイカーとなら楽しそうねっ」
「そうだろう?まぁ、考えておいてくれ」
お茶を飲みつつ先ほどベイカーが浮き上がらせていた魔法陣の話しになる。既存の魔法陣に手を加えて自分の魔力でどの程度干渉できるのか実験しているらしい。基本的にベイカーが魔法陣を立ち上げた時にその魔法陣を使えるのはベイカーだけ。
作成者のみが使える。転移陣などは作成者が許可を出して他人が転移している状態なのだ。人の作った魔法陣に干渉出来るという事は場合によっては乗っ取る事も出来るし、禁術で人を殺そうとしている時に途中で止める事も出来る。
途轍もない凄い事をしようとしているようだ。けれど魔法陣は基本的に失敗すると何も無いのもあるが、その場で爆発したり、術者に跳ね返ってきたりするので一歩間違えば危険なのだ。それを横から干渉しようとするとどうなるのか。
「ベイカー、とても危険ね。これでも貴方の事を心配しているんだからねっ」
「大丈夫だ。クレア陛下の安全を考えているだけだ。もう誰も失いたくないからな」
「……ベイカー。有難う」
ベイカーのその言葉に私はしんみりとなり、それ以上言葉を繋ぐ事が出来なかった。
「クレア様、お時間です」
ノック音と共に従者の声がする。
「今、いくわっ。ベイカー、無理しないでね」
「あぁ、もちろんだ。お前を悲しませる事はしないさ。じゃぁ、またな」
そうして私は執務室へと戻った。
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