Ep.95 鬼胎と期待
「(ここにもあった……。)」
近所のコンビニにて臨時作戦会議を終え、程なくして帰ってきた事務所の庭先で咲き乱れる花盛りの白い茉莉花は、闇夜に浮かぶ朧雲に包まれた月にぼんやりと照らされて、穏やかに流れる夜風に美しく
その濃厚な甘い馨りに
「室内に隠しカメラがなかったのは不幸中の幸いだけど、これを敢えて放置しようってのは歯痒いもんだな……。」
あれから俺は、心美の指示に従って、家中に仕掛けられていると思われる盗聴・盗撮器を虱潰しに探し回っていた。室内には、一日の大半を過ごしており、仕事場として、あるいは客間としても使用しているリビングを始め、隣接するキッチンから、廊下を隔てて寝室、浴室、洗面所、さらには、ほとんど使っていないために便利な私物置き場と化している俺と心美の各自室に至るまで、各部屋に最低1個の盗聴器が仕掛けられていたことを既に確認している。
それだけでも虫唾が走り、鳥肌が立つほど気味悪いのだが、念のため調べた庭に植えられた緑生い茂る植物の影からは、盗撮器までもが見つかってしまった。おそらく、室内に隠しカメラを設置すると発覚のリスクが増加するため、水遣りなどの世話をしていても滅多に確認することのない低木の木陰にのみカメラを置いたということだろう。
下手に不自然な動きを取れば、これらの機器を設置した犯人に気取られかねないため確認できていないが、もしかしたら庭のカメラも、窓から室内の様子がある程度観察できるような画角に調整されているのかもしれない。考えれば考えるほど、犯人の悪意がより身近に感じられて、吐き気を催すほどに気持ちが悪い。
「早く心美にも知らせないとな。」
ドッペルゲンガーに振り回されている張本人の我が相棒は、まさかこれほど夜遅くまで盗聴犯が活動しているとは思わないが念には念をと、既に就床したことになっている俺たちが盗聴器探しに勤しんでいることを誤魔化すべく、寝室で寝息や寝返りの音が入らないことを不審に思われないよう演技してもらっている。そのため、俺は物音を立てないように慎重を期して屋内へと踵を返し、寝室の方へと向かった。
§
>お疲れ様
ゆっくりと寝室の扉を開き、暗闇の中をできる限り足音を殺して布団の膨らみに近づくと、実際にはまだ眠っていなかった心美がスマホのメモ帳機能に文字を打ちこんで労いの言葉を掛けてくれる。俺もベッドに潜り込むや、そっとスマホを取り出して筆談を試みる。
>待たせちゃってごめんな。予想外の収穫だったもんで。
俺は発見した盗聴・盗撮器の数と正確な場所を、ありのまま心美へと伝えた。すると、ブルーライトに照らされた彼女の小さな顔は、またしても引き攣ってしまう。
>信じられない。
犯人の手口は、想像以上に巧妙だった。例えば寝室の場合、普段は使っていないため壁際に位置するベッドの裏に隠されたコンセントに挿し込まれていたなど、家中に仕掛けられた盗聴器は、全て日常生活の中で自然と発見することが著しく困難な場所にあった。通りで、1年前の事件から最近の探偵依頼のことまで情報が外部へと筒抜けになっている間、盗聴器が電池切れを起こさなかった訳である。
>でも、都合が良いわ。
>何がだ?
>不埒な盗聴犯の尻尾を掴む方法を思い付いたから。
声を上げられない代わりに、俺は目を見開いて期待と驚きが
>ヒントは庭の盗撮器。あれだけ電源がないはずでしょ。
>確かに。でも発見器に反応があったってことは、今もカメラは稼働中のはずだ。
>その通り。そこに血路を開くのよ。
今ひとつ要領を得ない心美の返答に、額に八の字を寄せて考え込んでいると、時間切れと言わんばかりに彼女が画面上のキーボードに指を走らせた。
>電源がないのにカメラは動く。その心は?
>普通に考えれば、小型の電池が入っているってことだな。
>ご名答。じゃあ、小さな隠しカメラを何か月も休まず動かし続けられるほど、電池の寿命は長いものかしら?
>そう言われればそうだ。盗撮器に使用する小型電池にそれほどの持続性があるとは考えにくい。
心美の指摘は的を射ていた。その他にも、雨風などの気象状況や植物の成長の影響により、屋外カメラの画角が変わってしまえば、思い通りに盗撮ができなくなるだろう。要するに、犯人の目的が何であれ、小型カメラを使って満足に隠し撮りを実行するためには定期的なメンテナンスが不可欠であることを、彼女は示唆しているのだ。
>犯人を誘き出すための算段は整ったわ。
>いずれカメラの電池交換か、あるいは画角調整にやってくるであろう覗き魔を、その場でとっ捕まえてやろうって腹積りか。
>それも悪くはないけど、犯人が単独犯でない可能性も捨てきれない。万全を期すためには、のこのこと
>そうだな。よし、ここはひとつ偽物の鼻を明かしてやろうじゃないか。
率直に言えば、素性も知れぬ不審人物からの一方的な盗聴・盗撮に対し、その確たる証拠である機器がどれだけ見つかったところで警察の力を一切頼らない以上は、いくら経験豊富な敏腕探偵である相棒の手に掛かったとしても、打つ手などないと思っていた。だが、幾年もの時を共に過ごしていようと、心美はいつも斬新な発想力と柔軟な思考力で、俺の想像を遥かに超える解決策を導き出してしまう。そんな頼りがいのある恋人の憎たらしい手柄顔をひと撫でして、俺は寝返りを打つことも忘れて彼女の腕の中で眠りに就いた。
心地良い夢の世界へ誘われるまま目を閉じようとしたその時、窓ガラスを覆う白地のカーテン越しに透けた外界より、一筋の光が明滅した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます