再会
神在月ユウ
偶然からの必然で……
先輩の飲みに付き合い、気づけばもう23時だった。
せめてもの救いは明日が土曜日だということか。
まぁ、先輩も金曜日だからこの時間まで、というのはあるが、入社から毎週末のルーティンになっているので慣れたといえば慣れたのだが。
駅舎を出ると、そこは都会から少し外れた住宅地で、駅近くにはところどころに飲み屋の灯りが見えるが、少し歩けば住宅地だ。
「一条?」
自分の名前が呼ばれた。
横を向くと、俺よりも頭一つ分背が低い女性が立っていた。
見下ろして顔を見ると、どこかで見たような—――
「高橋?」
思い出した。
小学校一年から中学三年まで一緒だった同級生、高橋美咲。
「十年ぶりだね」
「ん、ああ」
親し気に話しかけられて、俺は少し気圧されてしまう。
大きな目と愛嬌のある笑顔はあの頃のままだ。少し大人びたように見えるが、それも当然か。もうお互いに二十代半ばなのだから。
「仕事帰り?」
「ん、まぁ」
やり取りがぎこちないが、許してくれ。
小学校時代、好きだった子だ。親同士も仲がいいし、中学まで年賀状もやり取りしていた。でも、付き合っていたわけでもない。
当時を振り返っても、友人以上の関係ではあったような気がする。でも、いわゆる友達以上恋人未満かと言われると、そこまでの関係ではなかった。
「折角会ったんだし、どこかで一杯どう?」
言われて、俺は素直に頷いた。
たまたま一軒だけ開いていた店に入る。
バルだった。
入った時間が時間で、すぐにラストオーダーだと言われ、ほたてのマリネとソーセージ、ハイボールとカシスオレンジを頼んだ。
そこからは他愛のない話が続いた。
主に小中学の思い出話だ。
あの時あんなことあったよね、とか。こんな先生いたよね、とか。
気づけば、もう閉店時間になった。
「もう帰れなーい。電車ないし」
高橋はそんなことを言い出した。
もう日付が変わっている。まだ電車は走っているが、降りる駅によっては終電がなくても不思議ではない。
「一条の家は?」
「……ここから十分くらいだけど」
「泊めて」
にこやかに言われた。
いや、いきなりすぎる。心の準備ができていない。いや、さっきちらっと「終電ないから泊めて?」みたいな妄想はしたが、まさか本当にこんなこと言われるなんて。
「まぁ、いいけど」
俺は少し顔を背けながら、了承した。
こうして、深夜の散歩が始まった。
道中、何を話したかも覚えていない。
途中で24時間営業のドラッグストアに寄って買い物をしてから、自宅アパートへ向かう。
家の中に入ると、俺はしまったと後悔する。
1Kの部屋は洗濯物や雑誌で少し散らかっている。
エロ本とか出てないよな?落ち着け。全部PCの中だ。
高橋は気にする様子もなく、きょろきょろと中を見回す。
なんだ?何か見つけたのか?
「シャワー借りていい?」
「……あ、ああ、どうぞ」
きょどってしまった。情けない。
シャワーのお湯が、不規則にバスルームで弾ける音が聞こえる。
大丈夫だ落ち着け俺エロシチュエーションなんて起きやしないありえない妄想だでももしかしたらもしかすると酒の勢いとかあるかもいやまてゴムあるかまてまて考えすぎだでも高橋かわいかったな待て待てそうじゃないいや違わないけど—――
シャワーの音が止まる。
俺の緊張は更に高まった。
バスルームのドアが開く音。
それだけで、緊張が最高潮に達した。
だというのに—――
「お待たせ」
高橋は、バスタオルを体に巻いて、俺の前に現れた。
* * *
一条達也。
小学校と中学校で、ずっと一緒だった幼馴染み。親同士も仲が良く、家族ぐるみで遊びに行ったこともある。
彼はあまり積極的な性格ではなかったが、あたしのことを気にかけていたし、優しい。はっきり言って、あたしは一条が好きだ。現在進行形で。別に付き合っていたわけではなかったが、あたしは当時のぬるま湯のような関係がすごく心地よかった。
でも、それはいつまでも続かなかった。
高校が別になってからは、ぱったりと会うことがなくなった。
特段家が近所と言うわけではない。母親同士は仲が良かったが、それがそのまま子供同士も仲良しが続くわけではなかった。
あれから十年、天の悪戯か、機会が訪れた。
たまたま一条を見かけたのだ。
地元から離れていたため、もう会うこともないのかな、と諦めていたが、意外なところで見つけた。
声をかけようと思ったが、思いとどまった。
まさか、彼女とかいないよね?二十五歳だと、まさか結婚してるなんてことは……
などなど、不安が過る。
あたしは計画を練った。
まずは、一条を尾行した。
家を突き止める。駅から十分ほどの距離にあるアパートの二〇二号室だ。
続いて一条の行動パターンだ。
まずはひと月の間、彼の行動を探る。
一条の帰宅時間は概ね7時から9時とまちまちだが、毎週金曜日には23時前後に自宅最寄駅に着く。
ここを狙うことにする。
作戦は、偶然を装って声をかけ、飲食店に入り、終電がなくなったと言って一条の家に泊めてもらう。そして、既成事実を作る。
駅の周りの店の営業時間を調べる。
あそこのイタリアンバルがいい。営業時間は……よし、閉店時間までいれば終電っぽい時間になる。実際は帰れる時間だが、あたしの最寄駅を言わなければ大丈夫だ。
用意周到と思われないよう、泊りに必要なものは当日に買った方がいい。近くに24時間営業のドラッグストアがあった。ここで歯ブラシやマウスウォッシュなどを買うことにしよう。あと、ゴム。最後のコレ大事。
これら現地の下調べをしながら一条を見張って一ヶ月。
女の影はない。
油断はならないが、もしもの時は略奪しよう。
「一条?」
作戦決行日、意を決して彼に声をかける。
一条はあたしを見返す。
おい、誰だっけみたいな顔するな。顔しかめるな。
「高橋?」
遅い!
まぁ許すけど。
惚れた弱みだね。
「十年ぶりだね」
「ん、ああ」
ちょっと目線が逸れたが、これは照れと見るべきか。それとも面倒と思われているか。いや、前者に違いない。じゃないと悲しいし。
「仕事帰り?」
「ん、まぁ」
素っ気ない気がするが、照れ?照れだと言ってくれ。じゃないと泣く。
ここであれこれ考えていても仕方ない。
とにかく勢いが大事だ。
「折角会ったんだし、どこかで一杯どう?」
お、頷いた。
よし、第一段階クリア。
下調べしておいたバルに入る。
閉店時間の関係で一時間少々しかいられないが、目的はあくまで終電逃した発言をするための口実作りだ。
マリネやソーセージと一緒に、彼はハイボールを頼んだ。
あたしもハイボールか、できればビールがよかったが、ちょっとひよってカシスオレンジにした。
懐かしい小中学校の話をする。
最初はぎこちなかった一条も、昔話でだいぶ表情が解れていく。
いい傾向だ。
あっという間に閉店時間だ。
店を出て、開口一番、
「もう帰れなーい。電車ないし」
言ってやった。ちょっと酔ったフリも交えて。
ちょっと戸惑っている。これも照れだと思いたい。
「一条の家は?」
「……ここから十分くらいだけど」
うん、知ってる。
だからさ—――
「泊めて」
言ってやったぜ!
「まぁ、いいけど」
顔を背けられたが、ちょっと顔が赤いのは、アルコールのせいだけではないと思う。
さぁ、幼馴染みの異性を自宅に泊めるというドキドキシチュエーションに悶えるがいい!
あたしは心の中で悶えているが!
予め調べておいたドラッグストアで必要なものを買い込む。
歯ブラシなどを「必要でしょ?」と言ってささっとカゴに入れる。ゴムは店内ではぐれたフリをしてさっとカゴの下に入れた。理想は彼の家にあるものを使うところだが、もしなかった場合に「やっぱりやめる」みたいな流れにさせないために必要だ。あいつ、優しいから、その辺に気を使ってしまいそうだし。そうはいくか。
そして、いざ一条宅のドアをくぐる。
見回すが、意外と片付いている。
1Kの室内には雑誌が置きっぱなしになっていたり、洗濯物が雑に畳まれたまま床に直置きされたりしているが、ゴミ屋敷などではなかった。
片づける甲斐甲斐しさを見せることができないが、ここは時間が節約されたと喜ぶことにする。
「シャワー借りていい?」
そして、ここからが本当の勝負だ。
「……あ、ああ、どうぞ」
お、意識したな。
今、あたしのあられもない姿想像したな?
うきうきしながら、あたしはバスルームに入る。
いつもより気を使って体を洗う。
見えないところも入念に。
今、一条は悶々としているだろうか。いや、そうに違いない。
ムダ毛処理は済ませてきた。
これからの戦いに抜かりはない!
バスルームから出て、髪と体を拭き、バスタオルを巻く。
この格好、あざといだろうか。
服着ろとか言われるかな。
でも、一条のことだから、普通に服着て出たら、照れながらも続いてシャワー浴びて、そのままお休みとか言いかねない。
よし、やっぱりバスタオル一枚でいこう。
なんか、雑誌でこういうシチュエーション好きな男も多いって見たことあるし。
いっそ、バスタオルが落ちて「きゃっ」とかやってやろうか。こういうの好きだって職場の後輩が言ってたし。
「お待たせ」
意を決して、一条の前に出る。
バスタオル一枚って、一人でいるときは全然だけど、男の前だとなんか恥ずかしい。
彼の視線があたしの体に注がれている。
胸に、タオルの合わせ目に、際どい感じの太ももに。
よし、食いついた!
さぁ、頑張れあたし!
来い一条!
今夜は寝かせないぞ!
再会 神在月ユウ @Atlas36
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