第14話魔術に恵まれた男

 魔術師オルタは、魔術の才に秀でていた。

 属性、同時展開可能数、扱える魔術の豊富さ、どれをとっても彼の魔術は同年代の人間を超している。

 それは幼少の頃から見えていたことだ。


 だが、周りの子供というのは無邪気ゆえの邪気があるもので、彼の魔術をあまり素直にとらえていなかった。


「ほら、俺、今度は上位魔術を使えるようになったんだぜ!まだ炎だけだけど」と幼いオルタ。

「へぇ〜いいなぁ……でもさぁ、お前才能あるからいいよなぁ」

「え」

「えじゃくてさ、生まれつきツキが回ってるっていうか?あ、今のダジャレうまくね?」

「……そうだね」


 そんな些細なものだけならまだ良かったが、成長につれて周りもエスカレートし始める。


「なんか、オルタって正直ウザイよな。なんていうの?自分の才能に酔ってイキっちゃってるみたいな?」

「この間不良とやり合ったってよ。英雄気取りでもしたいんじゃねぇの?」


 不良に絡まれていた一般人を助けただけでもこの始末。己がどう魔術を使おうが、周りの人間の対応は酷いものだった。

 それでも、オルタは魔術を愛していた。研究も、勉強も怠らない。

 ——いや、怠らないというよりは、あまりにも生活の一部と化していて、面倒だとか勤勉だとかの次元の話ではなくなっていた。

 そんな彼でも、周りの環境が悪ければ精神を病む。

 周りと違うことに嫌気がさした。自分が特別だということが嫌になったのだ。普通でいられない自分が。

 次第に彼は自身の実力に蓋をするようになり、自分に言い聞かせるように魔術は嫌いだと言った。

 そんな時、魔術学校に新たな教師がやってきた。


「これからこのクラスの担任を務める。メリアだ。みんなヨロシク」


 黄金色の切れ目に、白い髪。とても快活でラフな女性だった。

 そして、後にオルタが師匠と呼ぶようになる人物だった。


「おいオルタ。少し放課後私に付き合ってくれ」

「俺……ですか?」


 ある日、そう言われ、言われるがままオルタはメリアについていく。案内されるのは旧訓練場。校舎こそ違うが、付近の剣士学校も魔術学校の生徒も使用していた訓練場だ。最近は、新しくできた訓練場にその生徒たちは流れているので、こちらは広く使える。

 そこで、メリアは一言「手合わせしよう」といった。いきなりの提案にオルタは動揺し、その理由を尋ねようとするも彼女は有無を言わさず魔術を放ってきた。対するオルタも魔術を展開する。


 ——結果から言えばオルタの惨敗だった。

 容赦ないメリアの攻撃にオルタはなにもできずに負けた。もはや彼女の容赦のなさは教師とは思えない。


「…………負けました。俺の負けです」

「あのさぁ……もうちょい頑張れって」

「頑張ってますよ……先生が強いだけでしょう」

「いいや違うね。お前、自分の力を隠してるだろ。……いや違うな?蓋をしてるという表現の方が正しいか。なんせ、常に隠匿魔術を使って自分の魔力量を誤魔化してるんだからな」

「……知ってたんですか」


 どうして、そんなことをするんだとメリアが尋ねる。しかし、オルタの返答はぶっきらぼうに返ってきた。


「単純に、魔術が嫌いなんですよ。俺」

「ほうどうして」

「……昔、いろいろあったんです」

「話してみろ」


 そう言われ、少し迷ったオルタだったがメリアに全て話すことにした。なんとなく、彼女なら話してもいいと思ったのだ。魔力量も隠していた自分を非難しなかった彼女になら、と。

 そして、彼は自分の才能の過去について全て話した。気がついたら、いつの間にか自分は実力を隠すようになったことも含めて。


「ふぅん。贅沢な悩みだな、コノヤロウ」


 第一声がそれかとオルタは気が遠のいた。


「まぁさ、私はお前が自分の才能に蓋したって勝手だと思うよ?でもな、お前は別に天才でも神童でもないよ。なんせ、あるのはたった一つの才能なんだからな」

「……たった一つ?」


 そう言われ、オルタが首を傾げるとメリアは笑っていった。


「『魔術が大好き』って才能だよ。お前にあるのはそれだけで、それ以外は普通の魔術師だ。魔術が好きだから魔術を極められるし、魔術が好きだから魔術に愛される。道理だろう?」

「……………………」


 その時、オルタはなんとなく自分が平凡に感じることができた。人生で初めて、“人と同じ普通“を得ることができた気がした。

 気づけば、彼はメリアに向かっていた。


「……先生。もう一度手合わせお願いします」

「ん?いいけど、どうした?」

「本気でやりたくなったので」

「お、いいね。全力のお前とやりたかったんだ」


 そう言って、二度目の手合わせが始まる。今度はオルタは全力で戦った。もてる魔術を全て使った。

 ——結果は、その上で惨敗だった。

 だが、負けたオルタの胸は達成感で満たされていた。何か枷を外したように軽く、心地よかった。


「先生」

「おう、なんだ」

「師匠って呼んでもいいですか」

「それを飲むには一つ条件がある。——お前は、魔術が好きか?」


 その問いに、迷わずオルタは答えた。


「——大好きですよ。昔っから」


 これが、オルタが初めて魔術師に成った瞬間だった。

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