憑き物はつきもの

快楽原則

深夜の散歩で起きた出来事とその顛末

 こうして日記を書くのは最後になるのかもしれない。

 3月10日、私は午前だけの勤務だったため、家に帰ると早々にビールの缶を片手に優雅にネットサーフィンを楽しんでいた。

 しかし飲みすぎたせいだろう。しばらくすると猛烈な眠気が私を襲ったため、仕方なく私は仮眠をとることにした。

 今寝たら結局夜中に眠れなくなって生活リズムが崩れてしまう。そんな心配を抱えながらも私はすぐに寝入った。


 目を覚ますと夜の0時を少し回ったところだった。

 うーん、案の定仮眠では済まないぐらい眠ってしまった。

 そんな後悔と共にベッドの上で身を起こすと、しばらくの間ボーっとしていた。

 寝る前にたらふく食って飲んでいたため、別段腹も空いていなかった。

 このままだと間違いなく生活リズムが崩れてしまう。

 そう危惧した私は、急いでジャージに着替えると夜の闇に身を投じた。

 かっこよく書いてはいるが、要は深夜の散歩である。

 いつだったか眠れないときは軽いウォーキングなんかが効果的らしいとの記事を見た記憶があるため、私は早速それを実行に移したというわけだ。


 いつも歩きなれている道、見慣れているはずの景色でも、深夜だとまるで違って見えた。

 街灯があるはずなのに、なぜか異様に暗かった。

 街灯が照らしているのはその足元だけあり、それ以外の場所はまるで暗幕を垂らしたみたいに真っ暗だった。

 ここで異変に気づきおとなしく家に戻って居れば、私はに憑かれずに済んだのかもしれない。

 しかし今となってはそれも遅すぎる後悔というやつだ。

 私は誰が見ているわけでもないのに「普通の人は怖くて前にも進めないだろうが自分は違う」という意味不明な強がりを心の中で呟きながら、意を決してとりあえず家を出たところから5メートルほどの場所にある街灯のところまで、それはもうおそるおそる進んだ。

 その街頭までのたかが数メートルが、えらく長く暗く感じられた。

 暗中模索。一寸先は闇。

 そんなことわざたちが可愛く感じられるほどの暗闇。

 自分の手足さえ見えなかった。

 まるで薄い暗幕のカーテンを体中に纏っているみたいだった。

 

 汗びっしょりになりながら私はその街頭の下までなんとかたどり着いた。

 そこで私はふと思った。

 こんなところに街頭なんてあったかしらん。

 街灯をふと見上げると、目が合った。

 街灯のランプの部分は、人の顔だった。やけに青白く、それでいて暗闇の中でかすかだが光を放っている人の顔だったのだ。

 

 私は、誘い込まれたのだ。

 はにやりと薄気味悪い笑みを浮かべた。

 私のまわりを照らす光の輪が徐々に小さくなっていった。

 暗闇が、どんどんどんどん迫ってきた。

 それから私は。


 それからのことを私はさっぱり覚えていない。

 いつの間にか部屋のリビングに仰向けになって寝ていた。

 しかし確かなのは、に憑かれたということだった。

 リビング、風呂場、トイレ、玄関、廊下。これらすべての電球にがいた。

 にんまり笑いながら家の中を照らしていた。

 

 だから私は家にいる間中、電気をつけるのをやめた。

 電気をつければ、が私を見下ろしているからである。

 休日でも、日が暮れれば何かから逃げるように早々に床に就いた。

 夜遅く帰ってきても、電気もつけずに風呂に入り歯を磨き寝た。


 暗闇が私を包んでいた。

 

 この日記は、ライターで手元を照らしながら書いている。

 ライターの炎にも、の顔が気色悪くぐにゃぐにゃ形を変えながら揺れている。

 私はに見つめられながらこの日記を書いている。


 私が書いているこの日記の横には、さっきコンビニで買ってきたコンパスが置いてある。

 私はこれで目をつぶそうと思う。

 光に怯えて生きるくらいなら、私は暗闇の中で安堵と共に生きることを選ぶ。





 日記はここで終わっている。

 

 

 

 

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