第7話 ぼっち飯
昼休みは、いつも写真部の部室で過ごす。
なぜなら、お昼ご飯を一緒に食べる人が教室にいないから。
部室でもひとりぼっちなのは変わらないが、ここならそれを意識せずに済む。
お弁当のおかずは、いつも前日の夕食の残り物をつめる。
残り物といっても、余分に作ってお弁当用に取り分けておいたものだ。
今日のおかずは、金目鯛の煮付け、きんぴらゴボウ、五目豆。
全体的に茶色っぽくて和風だが、献立は伯父さん夫婦の好みに合わせているから仕方がない。
伯母さんから――それはそれは厳しい――指導を受けながら作ったので、見た目の彩りはともかく味は確かだ。
食欲はないが、無理にでも食べないと倒れちゃいそう。
「いただきます……」
ご飯をひとくち食べたところで、部室の扉がノックされた。
誰だろう……入部希望者かな?
「……どうぞ」
「やぁ、こんなところでぼっち飯?」
扉を開けて入ってきたのは真也さんだった。
購買部の紙袋を手にしている。
「し、真也さん……どうして――」
「美里って、昼休みになると教室から消えちゃうからさ。どこ行ってんのかなって」
真也さんが私の前にどっかりと座る。
私のお弁当をのぞき込んで、
「おいしそうだね、それ」
「そ、そうですか……」
「オレなんて、購買部のパンばっかだからさ」
紙袋から取り出したのは、カツサンドの包み。
「あ、それって……」
「大人気だから、すぐ売り切れちゃうんだ」
「みたいですね」
「授業終わったら、ダッシュで買いに行くんだよ。今日は運良く買えた」
「へぇ」
「ひとくち食べる?」
「え……でも――」
「そのかわり、美里の弁当をちょっと味見させてよ」
「は、はい」
「じゃ、まずはその魚を……あ~ん」
真也さんが口を開ける。
これって、恋人同士がするやつ?
緊張で手が震えそうになる。
「い、いきますよ……」
金目鯛の身が崩れないように、そっと箸でつかんで真也さんの口に入れる。
ぱくっ……もぐ、もぐ……
目を閉じて、じっくりと味わっている様子の真也さん。
入試の合格発表を待つ気分。
「ど、どうですか?」
「うまい! うまいよ、これ!」
「よかった……」
どっと緊張が解ける。
歯を食いしばっていたことに気づいて、あごの力を抜いた。
「これ、美里が作ったの?」
「はい……いえあの……伯母さんに言われるままに手を動かしているだけ、ですけど」
「伯母さん?」
「一緒に住んでるんです」
「ふぅん……でもすごいな。こんなにうまいメシを作れるなんて、美里って料理上手なんだね」
「そんな……」
真也さんに褒められて、私は舞い上がった。
続いて、他のおかずやご飯も、あ~んして真也さんに食べさせる。
そのたびに真也さんは、過剰なほどに私を褒めてくれた。
お世辞だとしても、誰かに褒めてもらうのって、すごく気持ちいい。
結局、その日のお弁当は、全て真也さんに食べさせてしまった。
「ごめんね美里……あんまりうまかったから、つい調子に乗っちゃった」
「いいんです。真也さんが喜んでくれて、私も嬉しいです」
「かわりにこれ食べて」
カツサンドを渡される。
「え……でも――」
「じゃ、オレ約束があるんで」
行きかけて、
「そうそう、ハイこれ」
交換日記!
安堵のあまり、涙があふれそうになるのをグッとこらえる。
「遅くなってごめんね。文章書くのって難しくてさ」
「そんな……」
「小学校の頃、作文で原稿用紙埋めるの苦労したもんな」
「会話で水増ししたりとか」
「そうそう」
「あの……真也さんの負担になるならその……交換日記、やめた方がいいですか」
「いやいや大丈夫。美里の日記、面白かったからもっと読みたいし」
「本当ですか!」
「うん。日記に書いてあった図書館の話、あれってマジ?」
「はい! 大変だったんですよ」
「ははっ、だろうね……あ、ホントにもう行かなきゃ」
真也さんが小走りで部室から出て行く。
扉が閉まった途端、こらえていた涙があふれ出した。
よかった……本当によかった。
ぼろぼろと涙をこぼしながら、盛大にしゃくりあげる。
こんな姿、誰にも見られたくない。
部員がいなくて良かった。
ぐぅ~っ……
安心したら食欲が復活したらしい。
真也さんにもらったカツサンドにかぶりつく。
「うまっ!」
思わず声が出る。
こりゃぁ、売り切れるわけだ……。
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