深夜に散歩していたら空に向かって歩けるようになった

真名千

深夜に散歩していたら空に向かって歩けるようになった

 公園のベンチに仰向けに寝ると、普通に歩くようにして一歩を踏み出す。すると身体が吊り上がり前――空の方向へ進んでいく。幽体離脱ではないかと後ろを振り返ってみたが、街灯に照らされるベンチには何も残っていなかった。

 人が一時間に歩く距離は4kmと言われる。もしも空に向かって普通に歩けるならば、たった一時間で富士山の高さを超えてしまうのだ。横方向の広がりに対して地球の起伏はとても小さい。


 歩きはじめて三十分、高度二千mの辺りではじめて雲に遭遇した。本当は水平方向に動いている雲が垂直な壁となって下から上に動いていた。霧の時に稜線上に立っていたら見えるかもしれない光景が普通の気象現象として眼前で展開されている。

 雲の薄い部分の先には瞬く星が透けて見えていた。瞬かない星、惑星は位置関係が悪くて正面にみる感じではない。夏至の頃なら正面近くに惑星を視ることができるはずだ。

 思い切って雲の壁に踏み込む。風の音がにわかに強くなったように感じた。雲は地上の霧と同じ水滴の集まりだから気温や湿度によっては服に付着して濡らしていく。

 気温といえば高度が千m上がるごとに6℃低下していくわけで二千m上がったら地表の温度からマイナス12℃である。冷たい雨滴を下から上に浴びることになってしまう。

 急いで突破すると星空がもっと近づいた気がした。実際の視点の変化よりも感覚的なものだろう。

 服を乾かしたくて雲のない大気の中へ足を進めていく。だが、水は蒸発する時に気化熱を奪っていく。さらに気圧も低下している。高度二千mでは地上の八割の気圧しかない。

 順応せず三十分で一気に上がってきたのはマズかったかもしれない。寒さと空気の薄さのダブルパンチで意識が遠くなってきた。

 今度は酸素ボンベを持ってこよう、と考えながら私は踵を返して、頭の上から足の下まで明るくそそり立つ夜景の壁に向かって歩きはじめた。

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