さんぽ飯

あきカン

第1話

 俺の名はヨシイ。この前この五味山市に引っ越して来たばかりだ。


 小腹がすいたから、路地裏のゴミ箱を漁ってみた。


「ちっ、シケてやがんな」


 ゴミ回収の奴らか、それとも先客がいたか。ゴミ箱の中は空だった。


 最近は宅配サービスなんかが便利になったせいで買い食いをする奴が減ってきていると聞く。

 そのせいで俺たちが飢え死にさせられるってのに、誰も外に出やしねえ。


 夜なんか、家なしの奴以外引きこもりみたいに窓もカーテン閉め切ってやがる。

 けれど、夜の街の明かりは俺たちには眩しすぎる。


「ここも空か。使えねえ」


 路地裏に隠れるように身を潜めていると、しゃがれた声が聞こえた。


「お前さん、新人かい」


 振り返ると、くの字に腰を曲げた老人が鋭い目でこっちを見ていた。


「違うけど」


「嘘だな。そんな風にゴミ箱を漁るのは来たばかりの奴だけだ」


 老人は見透かしたように言った。


「だったらなんだよ。言っとくけどこれは俺が見つけたんだ」


「だから素人だと言っとるんだ。そこに何も入ってないのは見なくてもわかる」


 老人は落ち着いた口調で言った。


「食べ物がほしいなら、付いてきなさい」


 老人に付いていくと、繁華街の騒がしさがどんどん耳から遠ざかっていった。


「なあ、一体どこまでいくんだ? 初めてだし、家まで帰れねえんだけど」


「見栄を張るな。家なんて持っていないだろう。格好を見ればわかる」


 それから俺は何も言えなくなった。

 老人は、杖をつきながらも歩くのは結構早かった。


 そして俺は、いつの間にか都会とは思えない場所に迷い込んでいた。


 電気のない、寂れた商店街のような一本道に同じような格好をした奴らがたむろしている。


「あいつらも食い物を取りに来たのか」


「心配するな。ほれ」


 老人が小さな紙切れを手渡してきた。


「これは?」


「食券じゃ。前の分だが、無事に使えるだろう」


「前の分?」


 首を傾げていると、一台のトラックがライトを照らしながら向かってきた。


 運転席から現れたのは、作業着を纏った若い男。


「さあさあみなさん、今夜もやって参りましたよ!」


 男が手を叩くと、エサに群がる犬のような叫び声が轟いた。


「食券を持っている方は番号と同じものを選んでください。食券がない人はあちらの方で成果を食券と交換してください」


「成果?」


「金の代わりにワシらはゴミを集めておる。そうして渡したゴミの種類と内容によってもらえる食券が決まるのだ」


「これは?」


 俺はもらった食券を老人に見せた。


「パンの食券じゃ。ゴミ袋(大)一つと交換して手に入れた」


「これでゴミ袋一つ分か・・・。ちょっと下に見られてるってことか?」


「そんなのは知らん。いらぬなら返せ」


「いや、これはもう俺のモンだ」


 食券をパンと交換し老人を見つけると、大きな袋を受け取っていた。


「なあ、爺さんは何と交換したんだ?」


「ササキじゃ。言うてもえらんぞ」


「そこまで腐ってねえよ。くれるならもらうけど」


「普通にコンビニで売ってる弁当じゃよ」


「えっ、弁当!? そんなのもあるのか!?」


 思わずササキの腕を掴むと、「離せ」と振りほどかれた。


「やらんと言っとるじゃろう。それにそんな高価なものでもない。いわゆる廃棄処分品あまりものだ」


「えっ、じゃこれも?」


「当然じゃろう。だが、ゴミ箱で生ゴミを漁るよりはずっと良い。そう思わんか?」


 俺は小さく頷いた。味がして、腹に溜まるものなんてそうそう手に入らない。


「なあ、もっと教えてくれよ。もしかして酒なんかももらえたりするのか?」


嗜好品そういうものは価値が高い。だが、あるにはある。350mlで空き缶二十本が相場だ」


「それ、高いのか?」


「数は昔より少なくなっている。今は昔に比べて、空き缶そのものの価値が上がっているのだ」


 空き缶が町に少なくなってきた。その影響らしい。


「だが数が減った分、集める労力が減り中には空き缶を売って別のモノと交換するような者もいる」


「つまりは転売ってことだろ?」


「そういう言い方ができんでもない。だがあまり口にするな」


「悪い、ついな」


 けど、これは思っていたよりまともな場所かもしれない。

 ゴミを集めるほど儲かるなんて仕事、今まで考えたこともなかった。


「日々生きていれば自然とゴミは生まれる。ワシらはそれを、生活のために集めているだけだ」


 ある意味社会貢献とも言えなくもないかもしれない。

 だが表社会で生きる人々が生み出した粕を拾うような行為は、紛れもなく社会の暗部だ。


「ここで手を引くのも一つ決断だが」


「わかってるよ。けど今までの生き方じゃこの先生きられないことはよくわかった。それに、旨いものを食べられる方が良いに決まってるだろ」


 そう告げると、ササキは、「それも一つの決断だ」と頷いた。


 こうして俺は、この街で歩きながら飯の種を集める生活を始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さんぽ飯 あきカン @sasurainootome

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ