わたしのお兄ちゃん

羽弦トリス

楽しい深夜の散歩にて……

理恵はその晩、眠れなかった。

熱帯夜。エアコンはなく、扇風機で毎晩暑さを凌いでいるのだが、今夜は兎に角暑い。

理恵は部屋の明かりをつけ、大学のレポートの続きを書き始めた。

15分後……、無理。

卓上時計は00:15を表示していた。理恵は階段で一階に降りて、冷蔵庫からアクエリアスを取り出し、らっぱ飲みした。

自室に戻る途中、お兄ちゃんの部屋のドアをノックした。


「はいっ。誰?」

「わたし」


ドアを開くと旬お兄ちゃんは、おでこに冷えピタを貼っていた。

彼の部屋にもエアコンはない。

「お兄ちゃん、今夜はめちゃくちゃ暑くない?」

「……そうだな。しかし、心頭滅却すれば火もまた涼し!」

「お兄ちゃんって、バカ?」

大学2年生の理恵と社会人3年目の旬兄妹は仲が良かった。


「理恵、散歩するか?」

「えっ、今から?」

「うん」

「もう、深夜だよ」

「それがどうした?着替えて来い。5分待ってやる」

「は~い」


理恵はお兄ちゃんの真意が理解出来ない。

こんな、深夜に散歩かぁ~。

理恵は軽装で再び、お兄ちゃんのドアをノックした。

お兄ちゃんは、Tシャツにジャージでおでこに冷えピタを貼ったままだった。

「お兄ちゃん、冷えピタ剥がしなよ」

「何で?」

「何でじゃないよ!ダサいから」

「そう言うお前は、妙におっぱいを強調してるじゃねぇか」

「……」

「さっ、行こう」


2人は深夜の街を散歩した。

「お兄ちゃん、どこに向かってるの?」

「秘密」

15分ほど歩くと、幽霊屋敷見たいな建物の前に辿り着いた。

扉の前には暖簾が揺れていた。

そこには、居酒屋千代と書かれていた。

「理恵、入るぞ」

「えぇ~、勇気いるなぁ。もっと、オシャレな店にしようよ」

「うるせぇな、入れ」

「……はい」

理恵はお兄ちゃんが大好きだから、従った。入店した途端に、驚いた。

外見は幽霊屋敷だが、内装はとても清潔感があり、広かった。

「あっ、旬君。お久しぶり。お隣は彼女?」

「いや、僕の妹の理恵」

「理恵ちゃん、初めまして。凛と言います。宜しくね」

「凛ちゃん、最近結婚したんだってね。旦那さんは凄くイケメンらしいじゃん」

「まぁね。今度、紹介するよ。それと、おでこ気になるなぁ」

旬は無視した。

「じゃ、生中2つ。冷奴と枝豆と、お前何食べたい?」

「えっ、わたし?」

「お前しか、他にいねぇじゃん」

「じゃ、唐揚げ」


バイトの折田君が、生中を運んできた。

かんぱ~い


2人はビールを飲み始めた。すると、どこからか嫌な匂いがする。

「なぁ、理恵。ウンコ漏らした?」

「バカ!お兄ちゃんじゃないの?」

2人は匂いの原因を探し始めた。

店主の凛が、

「2人ともどうしたの?」

旬が嫌な顔をして、

「臭いんだ!」

「その辺のウンチ踏んづけたんじゃない?」


「……!お兄ちゃん!」

「どうした?」

理恵はお兄ちゃんのスニーカーを指差した。

「あっ……ウンコ踏んでる。くっそ~、このスニーカー、15000円したのに!くっそ~」

「クソはお兄ちゃんよ!……くせ~」

凛が外の水道と使わないブラシを旬に渡した。

旬は必死に、スニーカーの底を磨いていた。

「理恵ちゃん、あんなお兄ちゃんいて羨ましいな。ちょっと、イケメンだし」

「はい。自慢のお兄ちゃんです」

席に戻った旬は、深酒をした。

お会計は、9600円だった。

ふらつく旬の手を握りながら、深夜の散歩の続きをした。

「理恵、わ、悪いな……オロオロオロ」

お兄ちゃんは、道路脇の浸透桝しんとうますに、思いっきりリバースした。

理恵は、お兄ちゃんの背中をさすった。

「あ、ありがとう。理恵。もう、だいじょ……オロオロオロ」


理恵はこんなお兄ちゃんが大好きなのだ。


終わり

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わたしのお兄ちゃん 羽弦トリス @September-0919

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