幼馴染をおんぶする3月の深夜

綾乃姫音真

幼馴染をおんぶする3月の深夜

 北を見れば山頂付近にまだ雪が残っている3月。夜中、ベッドの中で抱えていた湯たんぽが熱くて目が覚める。そのまま寝直そうとしても寝付けなかった。


「……散歩でも行くか」


 パジャマ代わりのジャージのまま、スマホと財布をポケットに突っ込むと外に出た。


「どちらにしましょうかなっと」


 家を出て右と左、右に行けば公園が。左に行けばコンビニがある。気が向いたのは右だった。星と月の明かりを頼りに夜道を歩いて行く。街灯もあるが、間隔が広いのであまり頼りにならなかった。


「ん? 誰か居るのか?」


 公園に差し掛かったとき、物音に気づく。こんな時間に公園でなにしてるんだか。とブーメランが返ってきそうなことを考えながら……不審者だったら嫌だから近くの看板の陰からこっそりと様子を窺う。


「……なにやってんだアイツ」


 そこに居たのは見慣れた少女だった。現在、高校2年生の幼馴染。中学時代のジャージを上下に着ていた。アイツのパジャマだけど、あの格好で出歩くのはどうなんだ? と思わなくもないが……俺も高校時代のジャージで外出てるから文句言えない……。

 そんな彼女が街灯の光が届く場所でダンスしている。耳を澄ますと小さく某アイドルアニメに出てくるキャラクターのソロ曲が流れていた。髪型を珍しくツインテールにしてるのはあのキャラを真似たのか? 俺が冗談でツインテールにしてみろって言ったときには『絶対に似合わないから嫌!』なんて言ってた割には似合ってる。まぁ、幼い顔つきと合わさって実年齢よりも子供っぽく見えるのは否定できないけどな。身長は平均よりも高いからアンバランスさは感じてしまう。もしかしたらそれが嫌だったのかもしれないと思った。今現在真似てるキャラは高3だから、コイツの中ではセーフなのだろう、きっと。


「スマホで再生しながら練習して……また踊ってみた動画でも出す気なのか?」


 サビ部分でターンしたタイミングで目がバッチリと合ってしまう。今更気づかなかったフリも出来ずに手を上げると、こっちに来いとばかりに手招きされた。


「兄さん、こんな時間になにしてるの?」


 兄さん。そう呼んでくるのは中学生の頃から変わらないな……ちなみにその前、小学生時代はお兄ちゃんだった。変わったのは曰く恥ずかしくなったかららしい。


「俺は変な時間に目が覚めたから散歩だ」


「そうなんだ」


「そういうお前は?」


「猛烈に練習したくなって……時間が時間だし、部屋でやってると怒られるでしょ? だからここで」


「こんな時間にひとりで外に居るほうが怒られると思うんだが? 女子高生さん?」


 3歳歳下。年齢差の関係で学校では接点がほぼ無いけど親が親友同士という間柄のため、長期休みの旅に合同旅行するからなぁ。休日もだいたい、どっちかの部屋に入り浸っている。

 呼び方の通り、家族みたいな認識だった。たぶん、向こうも同じだと思う。


「心配してくれるの?」


 どことなく嬉しそうな様子。


「そりゃな」


「ありがと。兄さんに迷惑掛けても申し訳ないから、帰ろっかな」


「おう……おう?」


 帰ると言いながら着ているジャージを脱ぎ始める。ジャージの下は体操服だった……


「待てこら」


「兄さん、女の子の体操服姿好きでしょ? もう大学生で同級生の体操服なんて見る機会ないだろうから私のをどうぞ!」


 さぁ見て! とばかりに両腕を広げてアピールしてくる。


「いや、だから待てと言ってる」


「なに?」


 なんで不服そうなんだ? ぷくーと頬を膨らませてるけど、そういうのが子供っぽいと言われる原因じゃ?


「ジャージ着ろ」 


 正直、目の前の少女の格好はいくら幼馴染でもじっくり見るのは憚られた。T シャツは見るからに胸元が窮屈そうだし……というか、相応に育った膨らみにシャツが引っ張られてヘソがチラチラ見えてる。

 下は下で、本来は膝丈の濃紺ハーフパンツは太ももの一部が隠せていないし、ピチピチになった生地越しにその肉付きの良さと柔らかさを訴えているようにも見えた。

 男にどういう目で見られるか考えろと言いたい――が、


「もしかして襲いたくなっちゃうとか?」


 そう言って、きゃーっと棒読みの悲鳴をあげながら自分の身体を抱きしめる。しっかりと胸を強調しながら。上目遣いのおまけ付き。


「はぁ……」


 思わずため息が出た。わかってやってるんだもんな……。俺がその気になったらどうするんだろうか……恐らく、そのまま受け入れるだろう未来が見える。また、それを望んでいるのもわかる。


「兄さん」


「帰るぞ」



 返事を待たずに背中を向けると――俺は衝撃に備えた。この幼馴染の行動は簡単に読める。


「えいっ!」


 案の定、衝撃が襲ってきた。


「っお、と」


 バランスを崩さないようにしつつ、彼女の太ももに手を回して支えると、背中に押し付けらた身体の体温。柔らかさ。特にふたつの膨らみの感触にドギマギしてしまう。ふわっと香ってくる甘い匂いに、心臓の鼓動が速まってることに気づかれませんように。そう願いつつ文句を言うよりも彼女が口を開くほうが早かった。


「兄さんの背中大きいからおんぶされるの好きなんだよね」


 そんなことを言ってくる。


「他の男にするなよ? 勘違いされるからな」


「わかって言ってるよね? 兄さんにしかやらないし」


「……」


 お互い、ハッキリと口に出さないながらも伝わり合っている気持ち。言葉にしてしまったら、関係が確実に変わるから。俺としてはもう少し、この距離感を楽しみたかった。


「太もも、撫でたいのかな? それとも揉みたい? 必死に指先を動かさないようにしてるのがわかるよ」


 なるべく意識しないようにしていたのに言葉にしてくる幼馴染は性格が悪いと思う。


「脚、少し太くなったか?」 


「…………おっぱいは少しおっきくなったよ?」


「――」


 その言葉に動揺すると同時に納得する。やっぱ気のせいじゃないか。背中に当たる感触がその、な。


「あ、照れてる」


 顔なんて見えないのにバレバレだった。そして向こうも余裕そうに感じるけれど実は内心ではギリギリなのを知っている。

 だからなにも言わずに歩き出す。わざと公園を1周して、更に遠回りしようとしても背中から文句は飛んでこなかった。

 むしろ、正解のご褒美とばかりに密着度を上げてきた。


「よいせっとっ」


 歩いてる間に収まりが悪くなってその場で背負い直す。


「……あの、兄さん」


「わ、悪い」


 その拍子に俺の手が支えていた場所が、彼女の太ももとお尻の境界に移動してしまった。というか、右手は思いっきりお尻だった。


「……べ、別に、あんまり揉んだりしなければいいです」


 太ももとは違う弾力に指を数回動かしてしまったけど、なにも言われなかった。あんまりの範疇だったらしい。

 その後は特に会話もなく、彼女を家へ届けてから帰宅した。 


「……アイツの匂いが染み付いてて寝られん」


 自分のベッドに入ってからパジャマ代わりのジャージから香ってくる幼馴染の甘い匂いに悩まされたのは別の話。

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幼馴染をおんぶする3月の深夜 綾乃姫音真 @ayanohime

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