僕は幽霊に恋をした

桔梗 浬

初恋

 僕は幽霊に恋をした。


 あれは小学5年生の春だったと思う。めっちゃ高く積んだ跳び箱にチャレンジして着地に失敗した僕…。見事に右足を骨折したんだ。クラスのヒーローになりたくて、良いとこ見せたかったんだと思う。


 めちゃくちゃ痛くて、僕は痛みに負けてみんなの前で涙を流したんだ。カッコ悪い。


「本当、あんたはバカだねー。お調子者なんだから。誰に似たんだか💢」

「もー良いって。」


 なにが良いんだい!とかーちゃんは着替えを備え付けタンスにしまいながらぼやいてる。


「また明日来るから、よそ様に迷惑かけんじゃないよ!」

「ヘイヘイ。」


 かーちゃんは僕の頭をはたいてプリプリしながら病室を出ていった。


 僕の骨折はどうやらひどかったらしく、ボルトを入れる手術をした。処置室でチョキチョキ、カチャカチャ音も聞こえたし、先生たちが何か話してる声も聞こえた。


 だからしばらくの間入院することになったんだ。クラスの友達がお見舞いに来てくれて、僕のギブスは今、いたずら書きでカラフルになってる。

 嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。だって…う○ちマークとか、僕の名前とか、忘れたい記憶の跳び箱の絵とかいっぱい描いてある。

 病院の先生とかにウケが良かったけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。早く取り換えてくれって思う。


 かーちゃんも帰ったからここはとっても静かだ。病院の夜は暇だし、テレビやマンガも飽きちゃった。お隣とお向かいのお爺ちゃんは、まだ7時だと言うのにイビキをかいてるし、斜め向かいの兄ちゃんはさっき出ていったっきり戻ってこない。まー、話しかけられても面倒だけどね。

 だから僕は冒険をすることに決めた。松葉杖を持ってこっそり脱出だ!


 僕はお見舞いに来た知らない人たちをバス停まで見送る感じで外に出る。もうすぐ消灯の時間だ。


 外は気持ちがいい。僕は慣れない松葉杖を使って裏庭に向かってみた。昼間散歩したことがあるところだから怖くない。怖くなんかない。


 裏庭には大きな桜の木があって、昼間は本当に人が多いい。だからこんなヨタヨタしてる僕は桜に近寄れない。でも今なら独占できる!って思ったら…先約さんがいた。


「こんばんわ。」


 とりあえず挨拶する。彼女はじっと桜を見上げていて、僕に気づいたのかどうかもわからない。


 何だかここに僕がいちゃ邪魔かな?と思ったから、僕は病院を一周して部屋に戻ろうと思い直した。

 その時、彼女が話しかけてきたんだ。


「こんばんわ。君も入院してるの?」


 彼女が僕に振り返ったんだ。すごく透き通る様にキレイな子だった。僕より少しお姉さんっぽい。白っぽいワンピースみたいな服に、かーちゃんが巻いているマフラーよりもでかくてキレイな布を肩からかけてた。

 寂しそうな笑顔が、とても印象的だったんだ。


「うん。そうだよ。君も?」

「うん。」


 桜を見上げた彼女は、月明かりに照らされてスポットライトを浴びてるみたいで、すんごくキレイで、可愛らしかった。クラスの芽依めいちゃんよりもずっと。


「君、裕翔ゆうとくんって言うんだ。」

「えっ?何でわかるの?」

「そこ。」


 彼女は僕の足を見て笑った。僕の心臓は、何故かわからないけどすごくドキドキしていた。

 僕は彼女に一目惚れしたんだと…思う。


裕翔ゆうとくん。また明日ここで会おうよ。桜がキレイだから。桜が会いたいって言ってるから。じゃぁまたね。約束だよ。」


 彼女はそう言うと病室に戻っていった。僕は何も話せなかった。何て言えば良いんだろう?ってそればっかり考えて、格好つけてたんだ。


「名前聞き忘れた…。」


 僕は翌日熱を出した。足が焼けるように傷んでてベッドから出られない。めちゃくちゃ先生にもかーちゃんにも怒られて、踏んだり蹴ったりだ。


 だから彼女との約束を守れなかった。すぐにでも会いに行きたかったけど動けなかったんだ。

 

 熱が下がって…しばらく経った頃、僕は彼女を探して桜を見に行った。あのときと同じ夜に。

 でも彼女はいなかった。


「退院しちゃったのかな?」


 次の夜も、昼間も彼女を探してみたけど、それっぽい人はいなかった。だから仲良くなった看護師さんに聞いてみたんだ。


「ねぇ、松下さん。」

「お、裕翔ゆうとくん。おはよー。明日退院だね。おめでとう!」

「あ、ありがとう。」


 すごく明るくて優しい看護師さんだった。明日で会えなくなるのはちょっと寂しい。そんな気持ちもあったけど、僕は思いきって彼女のことを聞いてみた。


「うーん。それだけの情報だとわかんないなぁ。あ、でもそのキーホルダー見たことあるよ。」


 松下さんは僕が拾ったキーホルダーを見て思い出したみたい。


「確か~。」


 松下さんが言ってた。2週間前に亡くなった女の子が、大事にしてたって。


 僕が彼女にあったのは、先週のことだ。僕は一気に寒イボが身体中を駆け巡った。

 僕が一目惚れしたのはゆ、幽霊!? でも足もあったし、ちゃんと話をしたんだ。僕は彼女が幽霊だったなんて信じられなかった。


 僕はあれからも、ずーっと彼女のことを忘れられずにいる。中学に入ってから彼女がいた時期もあるけど、何だか真剣じゃないとか言われて…フラれた。どの子とも長続きしないんだ。


 そんな僕は大人になって、またこの病院にいる。今度は研修医という立場で。


 毎日がくそ忙しくて、彼女のことも忘れてたんだ。でも仕事帰りにあの裏庭を通ってる自分がいる。なぜ今日に限ってこの道を通ろうとしたかわからない。でも彼女に会えるかもしれないって思ったんだ。


 桜、月明かり。同じだ。ただ僕が大人になり、時刻が深夜だっていうことと怪我をしていないってことを除いて。


 こんな偶然ってあるんだろうか?僕は目を疑った。だってそこに、女の子がいたんだ。一人で寂しそうに桜を眺めてる。だから思い切って声をかけてみたんだ。


「こんばんわ。君、ここに入院してるの?」


 僕は白いネグリジェを着た女の子に声をかけた。あの時と同じ。ピンクのストールを肩からかけてる。まさに子どもの頃に会った少女がそこにいる。


「今日は寒いし、風邪をひくよ。こんな遅くに一人は危険だし…。」


 彼女は応えない。僕の記憶の中にいる彼女は僕と同じように年を重ねて、素敵な女性になっている。でも今ここにいるのはあの時のままの彼女。


 あの時と違って、僕は一つくらい気の利いた話もできるようになってるはずなのに。彼女を笑わせることも、振り向かせることもできない。


 幽霊じゃなかったら、このままここに置き去りにすることは、医者のたまごとしては絶対にやっちゃダメな行為だ。どうしようか迷っていると、彼女が急に声をかけてきた。


「先生は、ここに住んでるの?」

「えっ?」


 僕のことを先生と呼んだ。昼間会ったことがあるのだろうか?


「先生…。お願い。私たちを助けて。」

「えっ?」


 彼女が僕の手を握りしめた。冷たい手だったけど、ぬくもりは感じる。幽霊なんかじゃない。どうゆうことだ?

 僕の頭は混乱した。だって僕の記憶の中にいる少女と目の前にいる少女はそっくりだから。混乱した頭で考える。姉妹とか?そんな馬鹿な。そんなことってあるのか!?


 冷たい彼女の手首についている入院タグが目に入る。


 僕はびっくりした顔をしてたんだと思う。彼女はそれ以上何も言わず、残念そうな顔をして病室に戻って行ってしまった。


 彼女は生きてる?でも10年以上経った今でも昔と変わらない姿で生き続けていられるのだろうか?そんな話は医学的にも不可能だ。不老不死じゃあるまいし…。じゃぁ、彼女の血縁者?


 翌日、僕は彼女の手についていたタグを元に入院患者のことを調べてみた。番号で管理されているから、番号さえ間違ってなければわかるはずだ。調べている時、何だか悪い事をしている気分になったけど、どうしても知りたかったんだ。


 でも…。今回も彼女のことは分からなかった。名前すらわからず、入院しているかさえもわからなかった。


「やっぱり…幽霊だったのかな?」

「普通、夢だったんじゃないか?って疑うんじゃねーの?」


 同期の高橋はそう言う。ま、それが妥当か。

 

 やっぱり僕は未だに彼女を忘れらない。幽霊だったとしても。なぜそこまで彼女に興味をもっているのか、自分でもわからない。それが恋というものなんだろうか。


『臨時ニュースです。クローン技術の進化により人体の製造が密かに行われていたことが明るみになりました。人間の尊厳を損なうとして、今後審査委員会で協議されていくことになるでしょう。』


 TVのキャスターが興味深いことを話している。


「クローンとして生まれた子は、親にとってはスペアみたいなモノだろ?俺はこの研究はむりだわ。」


 高橋はカップ麺をすすりながら興味なさげに感想を口にする。僕はどっちなんだろう?否定的なのか肯定的なのか。難しすぎてわからない。ただ彼女と話しができるなら、それもありなのか…とか理不尽なことを考える。



裕翔ゆうとくん。私たちを助けて。パパを止めさせて。』



END

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