第10話「真の戦い、開幕」

 一つの戦いが終わった。

 いな、戦いの始まりが終わったに過ぎない。

 すぐにサレナは、全乗員に持ち場を通じてかんのチェックを厳命する。

 その間、魔女の第零艦隊ゼロ・フリートからの攻撃は全く無かった。

 が、なにもしていないという訳ではなかったようだ。


「艦長、完全に囲まれたっす。魔女の包囲が、ちょっと目を離した隙に」


 キャルメラの言う通りだった。

 サレナたちがサー・エドモントン男爵を追い回している間に、魔女の艦隊は大きくその陣形を変えていた。

 その包囲は今、惑星ファルロースではなくエルベリヲンを囲んでいる。

 丁度、晦冥洋かいめいように突如現れた闘技場コロッセオの中で戦わされていた形になる。

 そして、一般回線で通信が入った。


『こちら、協商軍きょうしょうぐん第零艦隊……リズ・ヴェーダ准将じゅんしょうだ。ついに復活させてしまったようだな……忌まわしき旧世紀の禍神まがつがみを』


 やれやれといった表情で、メインモニターのリズが制帽を脱ぐ。皇国軍と違って、協商軍の軍服は質素で地味なもので、制帽もベレー帽である。

 魔女と呼ばれる美人提督も、周囲の男たちと同じパンツスタイルだった。

 先日は宇宙服同士だったが、今は凍れる美貌が鋭い眼差まなざしを向けてくる。


「艦長のサレナ・クライン中佐です。艦隊を退いてください。もし、民間人の脱出を許していただけるなら、皇国は惑星ファルロースの自治権を放棄します」


 この会話を傍受ぼうじゅしているなら、ファルロースの総督府そうとくふは大騒ぎになっているだろう。

 でも、サレナにははっきりとわかる。

 エクセリアーデがやりたかったことが、手に取るように理解できた。

 いかにエルベリヲンがあろうと、単艦では大艦隊とは戦えない。

 それは先方もわかっているようだが、リズは前に出てこようとする周囲の男たちを手で制した。


『要求は理解した。民間人の脱出を認める。ただし、条件がある』

「……な、なんでしょう」

遺宝戦艦いほうせんかんを至急武装解除し、引き渡してもらおう。この条件が飲めないのなら……貴艦を撃沈する』


 至極真っ当な要求だった。

 引き渡したら恐らく、あらん限りの火力で自沈させるつもりだ。決して、最強の力を我が手に、というような雰囲気がないのは信用できる。

 エルベリヲンは危険な先史文明の遺産……それはわかる。

 だが、今この状況で協商軍に渡す訳にはいかなかった。

 サレナは一度ゆっくり深呼吸して、そしてモニターのリズを真っ直ぐ見据える。


「回答します、ヴェーダ准将。エルベリヲンは引き渡せません。よって、民間人の退路は己で切り開きます。他になにか通達事項はありますか?」

『……了解した、それでは15分後に総攻撃を開始する』

「今すぐでも構いませんが? 魔女殿」

『死者をいたむ時間がもらえると助かる、以上だ』


 妙に湿っぽいことを言って通信は切れた。

 と、思ったら再接続される。

 ベレー帽を被り直したリズがもう一度現れた。


『ああ、それは……暁紅ぎょうこう戦姫せんきに敬意を表するという意味だ。……協商軍に卑劣漢は不要。男爵の件は手間をかけた』

「……どうしてあの時、男爵の艦隊を止めてくれなかったんです?」

『そう、だな……ボクの失態だ。うちの国では利権や忖度そんたくが少しややこしいんだ。では』


 リズは少し苦い表情をしていた。

 だが、通信が終わったあとでどっと疲れてサレナは艦長席に倒れ込む。

 しかし、戦いはまだまだ始まったばかりだった。

 駆け寄ってくるエルベを安心させるように微笑ほほえんで、ほおをピシャピシャとはたく。


「気合、ヨシ! キャルメラ少尉、敵の陣形をこっちに回してください」

「ういーっす!」

「リプリア中尉は機関室へお願いします。15分後にエンジン再始動で」

「了解です」


 すぐに手元に海図チャートが表示された。

 身を乗り出すようにして、エルベが覗き込んでくる。その華奢きゃしゃ矮躯わいくをよいしょと持ち上げ、肘掛けの上に座らせてやった。

 足をぶらぶらさせながらも、エルベは神妙な表情だ。


「私、囲まれてる、ね?」

「あっちにも色々事情があるみたいだけど、例の金ピカに時間をかけすぎましたね……その間に、魔女は全艦隊を使ってエルベリヲンを綺麗に包囲してます」

「ドーナッツみたい。んと、そういうお菓子があるって、エクセちゃんが」

「ですね。ほぼ完全な円形、直径100,000のドーナッツに閉じ込められた形です」


 だが、妙だ。

 先程のエルベリヲンの火力を見て、この程度で動きを阻めると思っているのだろうか? しかし、あのエクセリアーデと並び立つ天才提督が読み違えるとも思えない。

 逆に、エルベリヲンが健在である限り、ファルロースもその民も安全だ。

 艦隊を二つに分けて惑星自体を攻撃し始めるなら、サレナは容赦なくその背後を襲うからだ。しかし、今は360度全方位を封鎖されたまま身動きができない。


「それより、この包囲の外側の別働隊はなに? 100隻規模の反応が」


 このドーナッツには、外側にコブがある。

 よくデータを見れば、特装実験艦とくそうじっけんかんトゥルーノアを中心とする小さな艦隊が集結していた。そして、時間になった瞬間その正体が知れる。

 突如、包囲の外周を第零艦隊の旗艦が動き出した。

 同時に、レーダーに無数の光点が浮かんでキャルメラが悲鳴を上げる。


「長射程のミサイル、無数に飛来っす!」

「報告は正確に! 数は!」

「いっぱい、沢山っす! ……って、これ、ミサイルじゃ……ない!?」


 急速で接近する飛翔体があった。

 その速度は、ミサイルとしては低速だが……エルベリヲンから撃ち上がった迎撃ミサイルを回避した。フレアを射出して別熱源を形成し、こちらのミサイルを誤爆させてきたのである。

 同時に、包囲の外の艦隊は高速で移動している。


「対空防御、手の空いている乗員は手動で迎撃してください! これは……!」


 瞬時にサレナは理解した。

 直感がひらめきを拾った、だが確信に満ちた想像だった。

 あの特装実験艦トゥルーノアは、どうみても航空母艦のような形をしていた。平面宇宙である晦冥洋は、せいぜい高度3,000mメートンほどしか自由が効かない。それ以上は見えないエーテルの重力につかまり、海へ引きずり込まれてしまう。

 対艦ミサイルのたぐいならまだしも、高さを十分に使うことができず、航空機は発展しなかった。それが今、まるで大気と海のある戦いのようにエルベリヲンに殺到する。


概念力場フラクタル・フィールド……駄目だっ、実体弾による爆撃は防げない」

「第一波、来るよー! 対空防御! って、ありゃりゃ? 結構オートで仕事するなあ、このふね


 即座にエルベが光り出した。

 彼女は、全身を赤い光で明滅させながら目をつぶる。そうして祈るように手と手を組めば、長い長い金髪のツインテールが逆立つ。


「私、知ってるよ……私が生まれた海では、航空戦力はまだ当たり前だったから」

「エルベちゃん!? そ、そうか……覚えてるんだ。大昔の戦い方を」

「全センサー、レーダー、オール連動……対空火器の80%をオートに。ターゲット、マルチロック……そこっ!」


 かっ! と目を見開いたエルベが小さく叫ぶ。

 エルベリヲンは、まるで思い出したかのように対空砲火を無数に巻き上げた。シンプルにプログラミングされたミサイルと違って、有人の航空機はランダムな回避運動を取る。しかも、ここ最近編成された航空隊にしては動きがよかった。

 恐らく、あの魔女はかなりの時間を使ってこの戦術を育ててきたのだ。

 太古の昔、人類がまだ惑星の中で個々に暮らしていた時代には……海戦の主力は常に航空機だったことをサレナは思い出す。

 上空を無数の炎が襲って、爆撃と同時に敵機は飛び去った。

 エルベの奮戦もあって、半分は墜とせたと思う。勿論もちろん、手動で対空火器を操作した者たちの奮戦もあった。


「去った、か……いや、また来る! 反撃しないと!」


 サレナはすぐに第二波の空襲を察知した。敵の旗艦トゥルーノアは、100隻とちょっとの軽空母けいくうぼを引き連れながら包囲の外周を回っていた。そして、今度はまた別の角度から航空隊を発艦させる。

 先程襲ってきた隊はもう、包囲する艦隊の外に出て着陸体勢に入っていた。

 距離を取って、アウトレンジからの連続波状空爆。

 だが、黙って指を加えているサレナとエルベリヲンではなかった。


「艦首回頭! 全主砲にエネルギーを! 目標、敵旗艦トゥルーノア!」


 こちらの火力は圧倒的で、包囲する艦隊をブチ抜いて外側への攻撃が可能である。

 それを魔女が知らないはずはないのだが、ここにきて異次元の巨艦が意外な弱点を露呈する。

 舵輪だりんを握る壮年の女性士官が、悲鳴をあげた。


「艦長ぉ! このデカブツは小回りがききません! 回頭するスピードが僅かに敵艦の動きより遅い!」

「……ならっ、機関逆進! 逆回りに回頭してください! トゥルーノアとその周囲に対して、艦の側面を向ける形で……それなら、前後の全ての主砲で斉射せいしゃが可能です!」


 そう、高速でエーテルの海を疾走はしくろがねの巨艦……。直進性能と装甲、そして火力は驚異的だが、こと小回りと取り回しに関しては見た目のままの鈍重さがあったのだ。

 そして、サレナは信じられない光景に目を丸くすることになる。


「全砲門、照準! 測距そっきょデータ確認! いけるっす、艦長!」

「全門斉射、撃てっ!」


 宇宙を切り裂く光条がほとばしる。今度はフルパワー、現時点で最大火力で重粒子ビームが放たれる。

 だが、それは包囲する敵艦隊が内側に向けた概念力場によって阻まれた。

 敵の射程外から全てを消し飛ばす砲撃が、激しい爆発で一部の敵艦を蒸発させつつ……その先に全く届かないのだった。

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