第9話「晦冥洋の支配者」

 遺宝戦艦いほうせんかんエルベリヲンの主砲は、データを見ただけでも異次元の巨砲だった。口径もそうだが、主基おもきから供給される莫大なエネルギーは文字通り桁違いである。

 迷わずサレナは、ドックのゲートを破壊して出港する道を選んだ。


「主砲、1番から6番、えっと……」


 すかさず隣でエルベが口を挟んでくる。


「エルベリヲンの主砲は、質量弾と重粒子ビームが選べるよ?」

「ヨシ、出力10%、重粒子ビーム! 総員、対閃光防御たいせんこうぼうぎょ


 サレナには副官がいないが、当分の間は不都合はなさそうだ。

 エルベにオブザーバー席に座るように促し、運命の一言を放つ。

 この瞬間、エルベリヲンは千年の眠りから解き放たれた。


「射撃と同時にエンジン全開、遺宝戦艦エルベリヲン! 抜錨ばつびょうします ――ーっ!」


 まばゆい光がドックを照らす。

 三条の閃光が二つ、目の前の巨大な合金製のゲートへと注がれてゆく。あっという間に全てが真っ赤に融解して、その先に広がるエーテルの海へと巨艦が身をさらす。

 付近の恒星から吹き付ける風で、大洋は荒れに荒れていた。

 まるで、散っていったエルベリアーデを惜しんでなげくような嵐だった。

 だが、エルベリヲンはびくともしない。


「出港、ヨシ! なにかあれば報告してください!」


 サレナの声に、真っ先に反応したのは砲手のエンテ・ミンテ少尉だった。


「砲身冷却開始ー、っていうか、照準器少し狂ってるかもー? コンマ0003くらい……修正するよー」

「お願いします、エンテ少尉。見事な射撃でした」

「あの距離ならまあー、撃てば当たるんだけど……ちょっとちょっと、キャルメラ、レーダー見てくれるー? ……初っ端からやらかしちゃったかも」


 すぐにレーダー手のキャルメラ・ミルラ少尉が持ち場で手と指を動かす。索敵レンジを広げれば、あっという間に惑星ファルロースを囲む全宙域がモニターに表示された。

 そして、思わずサレナも唖然あぜんとする。


「さっきの砲撃、包囲中の協商軍きょうしょうぐんまで届いちゃったすよ!」

「えっと、一発で500隻くらい喰っちゃったかもー? わー、大惨事だねえー」

「あ、反撃来る……ってか、向こうの砲じゃこっちには届かないっすね」


 信じられない火力である。

 今まさに、晦冥洋かいめいように真の支配者が蘇った……忘却の彼方より、先史文明の超弩級戦艦ちょうどきゅうせんかんが帰ってきたのだ。そのパワーは、僅か10%の出力でもドッグのゲートを消滅させ、その彼方に広がる敵艦隊を焼き払ってしまった。

 サレナは、あまりの破壊力に戦慄した。

 込み上げる恐ろしさに、思わずシートの肘掛けを強く握る。

 だが、この恐怖を忘れてはいけないと思った。

 恐るべきこの力を、国と民のために……それは、エクセリアーデがそう願った祈りだ。このふねは今、惑星ファルロースを守れる唯一にして絶対の戦力なのである。


「艦長! 敵艦隊、一部が突出してきます。距離、50,000!」

「例の、脱出船団をやった連中です!」


 すぐにサレナは、冷静さを取り戻した。

 そして、海図チャートにらんで戦場を俯瞰ふかんする。

 魔女の第零艦隊ゼロ・フリートは、まだ動いてはいない。あの女はまだ、事態を見据えて把握するために静観を選んでいるのだ。ただ、統率された魔女の艦隊は、対ビームチャフをばらまきながら臨戦態勢に震えだしている。

 その前を、無謀とも取れる速度で突っ込んでくる一団があった。


「……目標、前方の小艦隊。旗艦きかんを探してください」


 これは復讐ではないし、仇討あだうちでもない。

 サレナはただ、故国の防衛という任務を友から引き継いだのだ。そう、友達になれた気がした……あの少女は、美と知の結晶みたいに振る舞っているのに、どうしても放っておけない危うさがあった。

 だが、その可憐な姿は失われてしまった。

 一瞬で、永遠に。

 だから、残された仕事はサレナが引き継ぐのだ。


「敵旗艦らしき戦艦を発見! ……うわ、趣味わるっ」

「うーん、これはないねー、ナシ寄りのナシ、ありえなーい」

「最悪っすね。なんていうか、成金根性?」

「絶対ああいう艦には乗りたくないわよね。恥ずかしくて家族に言えないもの」


 モニターにすぐ、黄金に輝く大戦艦が映った。

 なんか、ちょっとラメの入った装甲がキラキラしてる。

 協商軍の古い戦艦をカスタマイズしたものらしく、なんだか趣味的な意匠のパーツがゴテゴテしていた。洗練された機能美を誇るエルベリヲンとは対照的である。

 正直、サレナもありえないと思った。

 でも、ここはハイスクールの教室でもないし、サレナは学級委員長でもない。


「はいそこ、私語は謹んで! あれをやります……概念力場フラクタル・フィールド、展開、両舷増速!」


 荒れ狂うエーテルの海に白波が屹立きつりつし、波濤はとうは真紅のエルベリヲンを飲み込まんと襲い来る。

 だが、恒星風が吹き付ける中、ゆっくりとエルベリヲンは舳先へさきを敵へと向ける。

 そして、サレナは始めて気づいた。

 見るも優雅なエルベリヲンの艦首には、太古の帆船よろしく女神のレリーフが飾られていた。それはどこか、エルベに似た美しい女神像だった。


「敵艦隊の射程に入るっす!」

「砲撃、くるよー?」


 あっという間に、エルベリヲンを無数のビームとミサイルが包んだ。だが、既存の艦よりも強力な概念力場が幾重いくえにも張り巡らされて、ヒームは全て波間へと消えてゆく。

 すぐにサレナが指示を出して、ミサイルも対空火器がフルオートで叩き落とした。

 そして、苛烈な攻撃の中を静かにエルベリヲンは進んでゆく。

 徐々に加速し、敵艦隊の真正面にくさびのように打ち込まれていった。

 サレナは油断なくモニターの光点を睨む。


「……敵艦隊の陣形が崩れた。っていうか、金ピカが逃げる!」


 たった一隻の戦艦を前に、あまりにも無様な艦隊運動だった。まるで素人しろうと……例のサー・エドミントン男爵とおぼしき金色の戦艦が、ゆっくりと下がってゆく。

 麾下きかの艦隊を見捨てて、一隻だけで離脱を試みようとしていた。

 思わずサレナはシートを蹴って立ち上がる。


「機関最大出力、全速前進! あの艦を……沈めます!」

「前方に敵の巡撃艦じゅんげきかん! 衝突コースです」

「そのまま真っ直ぐ、ここは推し通りますっ!」


 律儀にも、見捨てられて取り残された艦が行く手を阻んできた。

 だが、これだけの近距離から攻撃を受けても、エルベリヲンはびくともしない。ただただ真紅に輝く艦体を、炎と火花で飾るだけだった。

 さながら、動く城だ。

 比較的大きい艦種の巡撃艦も、エルベリヲンに比べたら小舟に等しい。

 そして、衝突のショックが僅かに艦橋ブリッジを揺らす。

 激突したまま、全くスピードを落とさずエルベリヲンは真っ直ぐに前進した。


「うわー、玉突き衝突だよー! 敵の艦隊が次々と……あ、なんかあっちで2隻転覆した」

「本艦に被害ナシ、っていうか……ゴリ押しっすね、これ!」


 敵艦は皆、エルベリヲンとの激突で大きく揺れて道を譲る。その何割かは、冷たく光るエーテルの海へと倒れて水柱を上げた。

 サレナは内心では、火力の温存を考えていた。

 この稚拙ちせつな艦隊の持ち主には、血のあがないをさせる。

 しかし、敵の本命は魔女の第零艦隊なのだ。


「大事の前の小事! このままぶつけて、沈めます!」


 同時に、自分の手元のモニターにエルベリヲンのデータを表示させる。よくて全力戦闘モードの七割、それが今のエルベリヲンの現状だった。まだまだ起き抜けの大戦艦は、全力運転が不可能である。

 恐らく、まだ人間が立ち入れぬ区画が艦内に多数あって、その解明が必要なのかもしれない。それでも、異次元のエンジンが絞り出すパワーは、一個艦隊が単艦に凝縮されたような数値である。


「例の金ピカに追いつきます!」

「横付けして、そのまま取り舵! 副砲、照準左舷、真横! 俯角ふかく最大!」

「ほいほーい! 零距離射撃ゼロきょりしゃげき、撃ち方はっじめー!」


 それはまるで、黄金を飲み込む邪竜のように。

 圧倒的な質量差で、エルベリヲンが敵旗艦に密着、幅寄せしつつ巻き込むように舵を切った。接触面に火花が散り、バキバキと音が聴こえてきそうな程に金色の装甲がひしゃげて割れた。

 そこへ容赦なく、副砲のレールガンを叩き込む。

 超電磁状態の砲身が青いプラズマを発して、加速された弾頭が敵を穿うがつ。

 その時になって、突然直通回線が情けない涙声を繋げてきた。


『や、やめてくれ! もうわかった、私の負けだ! 降伏する!』


 小太りな男が、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 実際、映像で見る回線の向こう側は地獄だ。火災が発生しているし、艦橋内には怪我人も多数いるようだった。

 だが、サレナは容赦しなかった。

 許してエクセリアーデが蘇るなら、それもいい。

 決して取り戻せないもののために戦うなら、一切の慈悲もなく未来だけを見据える……そう決めたから、自然と感情的な声になることはなかった。


「こちら戦艦エルベリヲン、艦長のサレナ・クライン中佐です」

『助けてくれ! 私はまだ死にたくない! そ、そうだ、私を人質にすれば捕虜交換で――』

「男爵、勘違いしないで頂きたい。本来、貴族とは先頭に立って戦う者……それが皇国では、高貴なる義務と言われていますので」

『ま、待ってくれ! 違うんだ、男爵家といっても、我が国の宮家はみんな』

「生まれを選べる人間はいませんが、生き方を間違いましたね……おさらばです」


 すぐ真横、密着の距離で敵艦は爆沈した。その炎と爆発がエルベリヲンを包む。

 しかし、全くの無傷……この世界に、この巨艦を傷付けられる存在などないかのように佇む。木端微塵こっぱみじんに舞い上がった金色の装甲が、黄金の雪となって時化た海に降り注いだ。

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