終電をなくしたら 【KAC2023】
佐藤哲太
終電をなくしたら 【KAC2023】
「あ……」
思わず、声を漏らした。
目の前ではプシュゥ、と音を立てて閉まるドア。
やらかした。これは、やらかした。
先刻までの陽気な気分が一気に冷めていくのが、自分でも分かった。
こんな時きっと外国の人ならきっとオーマイガーって言うのかな……あ、こんなこと考えられるくらいには、まだ酔ってるのかもしれないです。
さて……ゆっくり動き出し、去っていく電車を見送りながら、俺こと
現在時刻は、午前0時41分。
場所は国分寺駅、下りのホーム。
始発電車まで、あと4時間。
……ふむ。
明日は木曜日だが、春休みなので、学生として果たす本分は特にない。
だが、明日の午前6時から、青い看板が目印のコンビニバイトのシフトをいれてしまった。
始発までの時間、だらだらとMの看板のファーストフード店で過ごす?
いやぁ、明日のバイトのだるさがやばいよな、それ。
働く以上は、お金をもらうんだからちゃんと仕事しなきゃだし……って、終電まで飲んでた俺が言うのも変な話だけど、とりあえずそれは置いといて。
……国分寺から……立川まで……お、なんだ、1時間15分で歩けんのか。
なら、90分くらい歩けば帰れるじゃん。
よし、歩くか!
そう決めた俺は、駅員さんに入場キャンセルをしてもらって、意気揚々と、夜の街を歩き出すのだった。
☆
てくてくてくてく。
あ、黙々と歩くだけじゃ、話盛り上がらないか。
さて、季節は春。
もうすぐ大学4年に、俺はなる。
就活やら何やら忙しくなるからと、今日はテニスサークルの終わりとともに、仲間たちといつもの駅前の居酒屋に飲みに行った。
その後、近くに住んでる奴の家での宅飲みに移行し、くだらない話で盛り上がり、そいつの彼女が飲み会を終えて泊まりにくるって話になったので、お開きになり、コンビニ前で缶チューハイを開けながらだべり、気づけばこの様。
でも、楽しかったからいいのである。
こんな時を、社会人になったら過ごせる保証なんかないのだから。
こんな風に夜道を歩くことも、きっとないだろう。
そう考えると、一人夜道を歩くのも、そんなに苦ではなかった。
だから時折適当に道を曲がったりしながら、見知らぬ道の夜の姿を楽しむ余裕が、俺にはあった。
……最初は。
歩き出して2,30分経った頃だろうか、ここまで己の東西南北の方向感覚を信じて歩いてきたけど、今どの辺まできただろうと確認してみれば、なんと俺は西に向かっていたはずが、北に向かっていたのである!
これにはちょっと、気持ちが萎えた。
意気揚々と夜を楽しんでいたつもりだったが、冷静にこの後取れる睡眠時間を考えたら、そりゃもう、ね。
まぁ、コンビニバイトだし適当に……あ、さっきと言ってること違うって?
いや、ほら、ねぇ?
だからそこからは、スマホを頼りに最短ルートを調べて歩いた。
我が家までの道のりは、残り1時間5分らしい。
オーマイガー、俺の2,30分は10分に交換されていたらしいぜ、
だが、歩かなければ目的地には着かないなんて、当たり前のこと。千里の道も一歩から。
嘆いても1秒も得しないというか、損するだけなので、俺は黙々と家を目指し歩き続けるのだった。
☆
「おお、なんか知ってる道路やん」
国分寺市から国立市に入ったあたりで、俺は昔自転車で通ったことがある道に出会い、久しぶりに少しテンションが上がった。
時刻は既に午前1時40分。
歩くことを決めてから、1時間くらいが経ったわけである。
そこで見つけた、青い看板のコンビニ。
……後4時間後には俺も別店舗で働いていると思うと、今この時間に働いている従業員さんに感謝の気持ちでも伝えるべきだなと、俺はふらっと寄ってみた。
……いや、俺だったら誰も来ない方が嬉しいけどね。
でもだって、喉乾いたし。
ウィーン、とコンビニのドアが開く。
だが……レジの中に人の姿は無く、そもそも店員がいな……あ、いたわ。
入り口からは見えなかったが、どうやら菓子パンやらの商品の整列をしている人影が、奥に見える。
でも俺がまず向かったのはレジとは反対側にあるドリンクコーナーで……そこからプライベートブランドのお茶を1本取り出した。
そして店員さんのいる菓子パンを取れる道ではなく、店内中央の道を通って、レジ前に移動する。
そこで少し黙って待ってみた。
いや、気づくかなぁって、思っただけなんだけど。
でも、なかなか気づいてもらえなかったので。
「レジお願いしまーす」
と、結局普通に声かけた。
まぁ、最初から声かければよかったね、反省反省、なんて心の中でこれ以上軽い反省なんかないだろうな、っていう反省をして、店員さんを待てば——
「すみませーん」
と、店員さんがレジに向かってきて——
「「あ」」
声を出したのは、同時だった。
茶髪だけど派手派手しくないシンプルな化粧。耳にはピアスをした、くりっとした目の女の子と、お互い指を差し合って驚き合う。
「出口じゃーん、君立川の人じゃなかったっけ?」
「まぁ、そうなんだけど。そういえば、入口ってこの辺住んでたの?」
「そだよー。こっから歩いて2分で家っ」
「うわっ、ちかっ、うらやまっ」
「だろー」
そして名前を呼ばれたことから生じた会話。
ちなみにこの会話の中で彼女のことを俺が呼んだが、そこからも伝わったであろう、彼女の名前は入口美奈。
俺とは高校2,3年の時のクラスメイトという、顔馴染みだったのだ。
お名前からも察せると思うけど、向こうが入口、俺が出口。文化祭でお化け屋敷をやった時には、入口・出口の文字掲示の代わりに、俺たちの写真が使われたのは、忘れもしない。
……そんな感じで割とセットでいじられた経験を持つ俺たちは、なんだかんだの腐れ縁的な感じで、割と仲の良い異性の友達同士、だった。
友達、だった。
そう、この強調からも分かる通り、男女グループの中にお互いがいることはあっても、二人で遊ぶなんてことは……ほとんどない、たまにあったくらい。
いやあったんかい! ってツッコミはとりあえず無視することにして、そんな関係だったけど結局なんもなかったのは事実で、なぜなら向こうに一時彼氏が出来たから。
まぁ、俺が煮え切らなかったからだろうな、何も起きなかったのは。
その経験と反省を生かし、大学の1,2年の間に交際経験二人という
とはいえ、向こうが破局した後はもう大学受験生だったので、たまに学校で話すくらいはあったけど、それ以上は何にもなかった。
そして大学に入ってからは、全く音沙汰もなかった。
そんな関係だった、俺たちは。
「で、なんでこんな夜更けにきてんの?」
「終電なくして国分寺から歩いてきた」
「うはっ、馬鹿じゃんウケる」
「そして疲れたから寄った、以上!」
「なるほどねー。始発までカラオケかなんかで待てばよかったじゃん?」
「んー、俺6時からバイトなんだよね」
「はやー。何のバイト?」
「お前と同じ」
「うっそ、マジ? ウケるーっ」
他に客がいないからか、そのまま俺たちの会話は続いた。
しかしほんと、よく笑う女だ。
……その笑顔に、ちょっと思うところがあるのはシークレット。
「じゃああたしが終わる頃、入口は仕事開始だねっ」
「あ、6時上がりなん?」
「うんー。22時〜6時の鬼勤務を週2でやってます」
「よっ、現代社会を支える存在っ」
「あざっすっ。ってか、その若干ウザいノリ変わんないねー」
「そうか? 入口だって相変わらず笑いまくりじゃん?」
「そりゃ卒業してまだ3年しか経ってねーしっ」
「その言葉、そっくり返そう」
「たしかにー!」
何というか、心地のいい会話だなと思ったのは、いつからだったのか。
刻々と仕事の開始が迫るのに、俺はこんなところで無駄話。
でもまぁいいかと思った、そんな時。
「あ、てかそろそろ帰んなきゃだよね、お買い上げ110円になりまーす」
「あ、ICカードで」
「はーい」
さらっと終わりを告げられた会話に、ちょっとだけ寂しい、そう思った俺がいた。
でも、俺を帰そうというのは入口の優しさなのだから、無碍にはできない。
「次のシフト、いつ入ってんの?」
だから、帰らねば。
そう思った俺の頭と口が、驚きのミスマッチ。
おおう、なんてこと聞いてんだ俺!
「お? なんだなんだー? また来てくれんのかー?」
「いや、別に春休み暇なわけなので」
「そーかそーか、久々に会ったらちょっと楽しかったのかっ。やー、出口は相変わらず可愛いねぇ?」
「ええいっ、そのちょっとウザいキャラやめろっ」
「ちなみに次は明後日の夜から入ってるよ」
「あ、そこは普通に教えてくれるんかい」
「別に嫌とは言ってないしねー。じゃあ、あと3回!」
「へ? 何が?」
「あと3回来てくれたら、どっか遊びに連れて行かれてあげるっ」
「……は?」
だが、俺の焦りをよそに、入口はノリ良く話を進めてしまい、終いには謎のポイント貯めたらデートと交換、みたいなキャンペーンを告げられた。
「嫌ならいいですー」
「いや、え、マジ?」
「マジマジ」
「俺、そんなこと言われたら通うよ?」
「どストレート! なんだよー、そんなにあたしに会いたいのかよー」
「あ、いや、今のは言葉の綾というか本気と書いてマジというか」
「はいはい、じゃあ約束ねー。その次のシフトは、明後日来たら教えたげるっ」
「心得た」
「武士かよっ。じゃ、気をつけて帰ってちゃんと働けよー」
「おう」
……何ということでしょう。
終電逃した俺、ナイス。
歩くことを決めた俺、ナイス。
道に迷った俺、ナイス。
たまには夜道を歩いてみるのも、いいもんだ。
終電をなくしたら 【KAC2023】 佐藤哲太 @noraneko0919
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