酔いに任せて異世界に

司弐紘

真夜中に 狙い澄まして 千鳥足

 皆さんは真夜中に商店街、それもアーケード付きの商店街に行ってみたことはあるだろか? 真夜中になると車両進入禁止が無くなって、割と洒落にならない速度で突き進んでいける、あの状態。多分搬入のためにトラックが乗り入れてくるんだろう。アーケード付きだから、雰囲気的には何だかワープ空間にいるみたいな気持ちになる。

 だから多分、事故なんか起きているんだろう。これが原因の一つかも知れない。


 その商店街は、すぐ側に神社がある。いやすぐ側って言うか、隣接している。何しろご神木になる大きな木が、商店街の薬屋の真ん中に立っているんだから。

 想像できない? 無理に想像してください。割と雑な想像のままだから。

 まぁ、そんなこんなで神社が隣接しているわけ。これも原因の一つと考えて良いと思う。


 あとは酒だね。定冠詞をつけてザ・アルコール。

 あたしが真夜中に商店街に行ってみたのも、アルコールが原因だ。酔い覚まし――もちろんさらに飲むため――のタメにフラフラと歩いて、昼とは全く違う表情を見せる商店街を物珍しげに進んでいくと……どういうわけか、あたしはいつの間にか「異世界」をさまよっていたのだ。

 あ、異世界にいるのは夜の間だけで、いつの間にか朝になっていると、やっぱりいつの間にか元の世界に戻ってる。だから全然深刻になる要素がないんだけど。

 ……原因は、やはりちゃんぽん。鬼ころし一合半と、ゼロ一缶と1/3。それに山崎がロックで一杯。

 このアルコール量を導き出すのには、実に苦労……はしてないな、うん。


                 ○


「……とは言っても、これが酒浸りになった大脳辺縁系が引き起こしたバグだとも、思えないんだけど」

「またやってるの? アカリ」

 と、あたしの横に並んで歩いているのは、異世界こっちの世界の住人であるところのへカーテ。とんでもない美人なんだけど、こっちの世界ってどっちを向いても美形だらけなので、標準的なのかも知れない。

 背中まで伸びた金髪に紅い唇。そして尖った耳。この辺りは、そこはかとないファンタジー風味。そして、その風味を台無しにしているのがへカーテの着る、ピンクのスウェット。

 ……はい。自首します。あたしが悪いんです。

 酔っ払って部屋着のままフラフラしてたら、こうなるよね~、と未必の故意。

 ちなみに、あたしはもっぱらグレー。こっちの住人たちの創意工夫と自我の芽生えに幸あれ。

 そして、あたしの周りの異世界の風景は完全にお祭りの縁日。それも夜という、若者たちが甘酸っぱい光化学スモッグを撒き散らしそうなシチュエーション。

 威勢のいい呼び込みに、ソースの香り。バッタ臭い玩具の数々。公平性が欠片も見当たらない遊戯ゲームの数々。

 こっちの住人たちの創意工夫と諦めない心に呪いあれ。

「……どんなに都合の良い夢を見ていても、こんなことにはならないと思う」

「夢じゃないってば。これ何回目? ぜんぶアカリが教えてくれたんだよ」

 そんなに無邪気に責任を追及されましても。

「あ~~記憶にございません」

 なんもかんも、酒がわるいんや。ああ、それなのにどうして、一升瓶を振り回す美形という、食い合わせ悪いビジュアルのスウェット男が目の前に現れるのか。

 やめろ! へべれけのくせに、あたしにだけ丁寧に頭を下げてくるんじゃない!

「やっぱり、これは酒が見せた幻覚じゃない! あたしはこんなに自分に厳しくないから!」

「だから、何度もそう言ってるるじゃない」

 へカーテが呆れたように肩をすくめた。

 実際、この異世界ではあたし、というかあたしの知識が珍しがられているようだ。ようだ、ってあやふやなのは半分ぐらい覚えがないから。

 逆にあたしがこっちの世界で驚いたことは、魔法を使えるものがほとんどいないって事。

 へカーテが言うには、

「凄く難しい試験があってね。それに合格すると、魔法が使えるのね。そうすると役人になったり出来るわけ」

 あたしの印象。

 それって、司法試験?

「でも最近ねぇ。試験だけ通って、心が通ってない連中が多すぎて。私たち庶民はそれはそれは苦労してるのよ。税金もたっかいし」

 うう、異世界のはずなのになんて世知辛いんだ。

 哀しいなぁ、酒がすすむなぁ、というわけで、あたしはこっちにやってきても、やることは変わらない。

 塩っ辛いアテを肴に、アルコールでそれを消毒してゆく真夜中。

 こっちの酒は、何をどうして作っているのか、わからないけど、果実酒、蜂蜜酒ミード、薬草酒、etc……

 そうすると、自然にあたしの周りでこっちの住人が集まり始め……再度、こっちの世界にやってくると、ますます酒がすすむ環境が整っているというわけだ。

 ドロップアウトしたエリートが、あたしの肝臓に強化魔法バフ

を! アルコールと戦う力を!

 ……と思うけど、そんな便利には出来てないらしい。

 あたしの幻覚ではないとしても、ここが本当に異世界なのかどうかは疑問になるところだ。

「まぁまぁ、それもこうして騒いでいれば問題ないって。良い具合に忘れられるから!」

「うう……なんて退廃的なんだ……」

 あたしがこっちに迷い込んで、初めて友達となった親切なへカーテがこの調子だ。この世界は終わっているのかも知れない。

「でも……昼になったら、結局働かなきゃいけないんだし結局忘れられない……」

「なんてこと言うのよ。昼に動いたら灰になっちゃうでしょ」

 うん?

 灰?

 それじゃあ、まるで……この時、あたしは色々なことに納得がいった。そしてこの世界が異世界と言うことにも。

 うん、これは――

「飲むしかないな!」

「その通り!」

 

                 ○


 ……ああ、太陽が二重だ……

 あたしは帰ってきたらしい。いつも通り、いつの間にか。


 ――今度は戻ってくる原因を探してみるか。

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