誰が為の情景〜中央島の少年〜
青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-
誰が為の情景〜中央島の少年〜
カミタカは
もう
——海が、光ってる?
この島には不思議な事がよく起こる。それを目にするのも楽しみになって来ていた彼は、物音を立てないようにそっと部屋を出た。
同世代の同居人たちを起こさないように外へ出ると、夏間近の空気が身体を包んでくる。この丘から海は遠いので、カミタカはそっと
空には満点の星が煌めいていた。
旧道には不定期に走る
ゆっくりと板が動き出す。
初めはゆるい坂道を降りるくらいのスピードで
バランスを上手に取れば加速して行くこの乗り物が少年は好きだった。深夜なので他に利用する人もいない。夜の風を切って、カミタカは
海まで近づくと、適当な場所で
小脇に板を抱えたまま、松林の中を光の方へ進む。
なんといっても、雨の代わりに
あの光る海にも何かあるに違いない。
カミタカは浜辺へ出ると
海はその一部だけにエメラルドグリーンや明るい黄色の光を絶えず揺らしながら、いつものように浜辺へ波を打ち寄せていた。
靴を脱ぐと裸足で波打ち際へ出る。
光る部分に足を浸してみても、変化はない。ただ目の前の夜の海が明るく輝いている。
不意に後ろから声をかけられた。
「まだ早いぞ、少年」
驚いて振り返ると、白く長い衣を見に
カミタカは一度だけ会った事がある。
「早い、とは?」
「
そう言うと司祭は長い祭服の中から細長い何かを取り出した。何かの植物らしく、身の丈ほどもある細長い茎が目を引いた。その先端には
深めの柄杓とでも言おうか。
司祭はそれをするすると伸ばすと、海の光る部分に差し入れて海水を汲んだ。すくった海水は蛍の光に似た明るさを保ったまま、植物の袋に溜まっている。
薄い葉を通して蛍光色が透けて見えた。
「あ……」
司祭が光をすくったとたん、夏色のゼリーを通したような光が消えて行く。ただ司祭がすくった海水はまだ光をたたえたままだった。
「光は今の時間しか現れぬ。この光を持ち帰り、
司祭はカミタカを見ながら呟いた。
「それにしても、この光が見えるとは……やはり世界を渡る人は特別じゃな」
「普通は見えないものなのか?」
「うむ。わしとて目の周りに薬を塗らねば見えぬ」
そう言いながら司祭はすくった光を顔の高さに持ち上げた。司祭の年経た目元に白い塗料で一筋の紋様が描かれているのが緑色の光に浮かんで見える。
「さ、帰るがいい。祭りを楽しみにな」
「ええ」
カミタカは会釈して司祭と別れた。
初めて聞く祭りの名前に少しわくわくしている。
片手に靴をぶら下げると、
——世界を渡る人、か。
カミタカは司祭の言葉を思い出しながら、裸足で板に足を乗せた。
丘の上の家に戻ると、玄関に誰かが立っていた。落ち着いた橙色のランプを手に下げている。ランプの中は炎ではなくて、
「どこへ行っていたの?」
ランプの持ち主は亜麻色の長い髪をした少女だった。カミタカはこの少女とその他の同居人とでここに住んでいる。
「——ああ、ちょっと散歩して来た」
少女の顔がほっとしたような色を浮かべる。彼女はいつもカミタカがどこかへ行ってしまうのではないかと不安なのだ。
——どこへも行かないのにな。
少年は少女の不安を打ち消すように、少しだけ笑った。
誰が為の情景〜中央島の少年〜完
誰が為の情景〜中央島の少年〜 青樹春夜(あおきはるや:旧halhal- @halhal-02
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