続・宵の逢瀬

名苗瑞輝

続・宵の逢瀬

 深夜一時。美しく輝く月の下こそが彼女の時間。

 昼間はカンカン照りの太陽も、今は地球の裏側だ。だからこの時期、とても過ごしやすい。

 彼女と二人で飲みに行って、今はその帰り道。涼しさが酔いを少し醒ましてくれる。


「暑いよね、最近」


 彼女はそう言いながらシャツを引いて戻してを繰り返しながら、首元から風を取り込んでいる。引っ張るたびに見える胸元に当然視線が奪われた。


「変態」

「仕方ないだろ、それは」


 ちょっとくらい良いだろ。そんな気持ちで答えたけれど、彼女は頬を膨らませたまま。


「キミは暑くないの?」

「昼間に比べればずっとマシだ」

「昼間だったら、冬でも溶けちゃうかも」

「……吸血鬼ジョークか?」


 彼女と俺は本来住む世界が違う。太陽の下では生きられない彼女だから、こんな深夜に俺たちは逢瀬する。

 この時期この時間に出歩くのは結構気持ちが良い。昼間と違って暑くないし、蝉や車、人の喧騒がなくて静かだから。でも、惜しむらくは──。


「早く冬にならないかなー」

「冬は夜寒すぎて早く夏になれって言ってなかったか?」

「……春で時間が止まればいいのに。そう思わない?」

「そうでも無いかな」


 春も悪くはない。けれども、なんだかんだ夜の長い冬の方が良い。彼女との時間が長いからだ。ただもちろん、そんなことを本人の前では言えないわけだ。

 だから適当に話をはぐらかしながら、俺たちは公園までやって来た。人気ひとけの無い公園は、この世界が俺たち二人だけの物だと錯覚させる。

 なんて思ってた矢先、彼女が俺の腕をつつく。視線を向けると、俺をつついた指が公園の外れの方を示した。

 最初は何が言いたいのかよくわからなかったけれども、よく目を凝らすと男女が抱き合っている姿がチラリと見える。


「場所変えるか?」


 向こうはこっちに気づいていないだろう。バレると気まずいので、彼女に小声で訊ねた。

 しかし彼女はこう答えた。


「私たちも、する?」


 指を当ててそういうものだから、俺はその唇に目を奪われる。

 もちろん、彼女が提案しているのはただキスをする事だけじゃ無い。それより先。さっき行った居酒屋では出来なかった彼女の食事まで含めてだ。


「こんな所で貧血になって倒れたら、一体どうするつもりなんだ?」

「それは困るね。残念だけど漫画みたいに私はキミを抱えて飛べないんだ」

「夏の夜は短いんだ。夜が明ける前に帰るぞ」

「まだ慌てるような時間じゃないのに」


 彼女の言葉を待たずに歩き出した俺の後ろを、追いかけるように彼女もついてくる。

 しかし彼女の「あ、わかった」という突然の言葉に足を止めて振り返る。


「キミ、冬の方が好きだよね?」

「何でそう思った?」

「私と居られる時間が長いからかな」


 なんだか顔が熱くなってきた。やっぱり夏は夜でも暑いらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

続・宵の逢瀬 名苗瑞輝 @NanaeMizuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説