ウルトラバスターズ(3)
その夜、力也は本広の家に侵入した。
足音を忍ばせて塀を乗り越え、庭を進んでいく。やがて、目指す場所へと辿り着いた。蘭のいる小屋だ。
入口のドアは、頑丈な南京錠が付けられている。これを開けるのは、ボルトカッターでもない限り不可能だ。
窓はどうだろうかと見上げれば、あるにはある。明かりがついているのも見える。だが、とても高い位置に設置されていた。力也では、助走をつけ飛びついても、届きそうもない。
ならば、脚立もしくは踏み台の代わりになるものはないか……と見回してみると、自転車が目についた。これに乗れば、届くかもしれない。
力也ほ、そっと自転車を運んだ。途中、音を立ててしまった。心臓が止まりそうになり、その場に立ち止まる。だが、誰も出てくる気配はない。
ほっと胸をなでおろし、自転車を運んだ。窓の下に置き、台代わりにして登ってみる。
サドルに足をかけ、思いきり手を伸ばしてみた。が、それでも届かない。力也は意を決し、自転車から思い切り飛び上がってみた。
どうにか、窓の縁を掴むことに成功した。よじ登り、そっと開けてみる。鍵はかかっておらず、すんなり開いた。
すると、こちらを見上げている蘭と目が合う。びっくりした面持ちだ。窓から覗いているのが誰だか、わかっていないらしい。
力也は、込み上げてくる気持ちを押さえ、そっと声を発した。
「蘭、俺だ。力也だよ」
「り、力也!?」
ようやく気づき、素頓狂な声をあげる。
「そう、力也だよ。さあ、早く逃げよう!」
「だ、駄目だよ。逃げられない……」
蘭は、悲しげな表情でかぶりを振る。力也は苛立った。
「何でだよ!?」
「あたしが逃げたら、施設のみんなが酷い目に遭うって言ってたから……」
今にも泣きそうな顔で、蘭は答える。
実のところ、これは誘拐犯の常套手段である。人を誘拐して狭い部屋に監禁し「逃げたら、お前の家族を全員殺す」などと言い続ける……誘拐された側は洗脳のような状態となり、誘拐犯の言いなりになってしまうのだ。ましてや蘭のような子供なら、相手の言うことを信じてしまう。簡単に言いなりになってしまうのだ。
しかし、幼い力也にはそうしたことはわからない。わかるのは、蘭がここで酷い目に遭わされているということだけだ。
「何バカなこと言ってんだよ! 早く逃げよう!」
言うと同時に、窓の隙間から強引に体をねじ込んだ。狭いが、通れないことはない。無理やり通り抜け、飛び降りる。
異様な部屋だった。中には、大きなベッドがあるだけだ。他に家具らしきものは何もない。ここは、人間を住まわせる部屋ではない、訪れた客と「する」ためだけの部屋なのだ。
力也は、怒りに震えた。尻込みする蘭を、半ば強引に窓へと押していく。自分が手を貸せば、窓から逃げられるはずだ──
その時だった。
「おいガキ、どこから入りやがった? ウチの娘に、なんか用か?」
不意に、後ろから声が聞こえできた。途端に、蘭の顔が歪む。力也は、ゆっくりと振り返った。
男がひとり立っている。髪は金色に染まっており、目つきは鋭い。痩せてはいるが、顔にはチンピラ特有の凶暴さがある。施設を訪れた時とは、全く別人のようである。おそらく、こちらが本当の顔なのだろう。ジャージ姿で、力也と蘭をじっと見下ろしていた。
間違いない。義父の
力也は顔を歪める。この本広は、成人男性としては大きな方ではない。それでも小学生の力也から見れば、恐ろしく巨大だ。勝ち目など、あるはずがない。
それでも、力也は引かなかった。引くわけにはいかなかった。
「な、何がウチの娘だよ! 蘭に何させてんのか、俺は知ってんだぞ!」
すると、本広はせせら笑った。
「何だお前、そいつのことが好きなのか。だったら、お前にもヤらせてやってもいいぞ。その代わり、金を持ってこい。ま、お前の小遣いじゃ無理だけどな」
途端に、力也の怒りが湧き上がる──
「このクソ親父! ぶっ殺してやる!」
喚いた直後、怒りの感情に突き動かされるがままに飛びがかっていく。力也も喧嘩には自信があったが、相手は大人だ。まだ十二歳の少年が勝てるはずがない。殴られ蹴られ、あっという間にねじ伏せられてしまう。
「このガキが、何を調子に乗ってんだ。おう? 殺すぞコラ」
言いながら、本広はしゃがみ込んだ。力也の髪を掴み、力ずくで顔を上げさせる。
だが、力也はそれでも引かなかった。
「このクズ野郎……」
唇を切り鼻血を流し、顔を血で真っ赤に染めながらも、必死の形相で睨み返す。
それを見た本広は、目を細めた。
「お前は、いっぺん死ななきゃわからねえらしいなあ」
低い声で凄み、拳を振り上げた時だった。その腕を掴んだ者がいる。
「もうやめて!」
蘭だった。彼女は、涙を流しながら叫ぶ。
「お願いだからやめて! 何でも言うこときくから! だから力也を許してあげて!」
だが、本広に許す気配はなさそうだった。それどころか、怒りに満ちた顔を蘭に向ける。
「このガキ、俺に指図すんじゃねえ!」
怒鳴ると同時に、腕を力任せに振ったのだ。蘭は吹っ飛ばされ、壁に背中を打つ。
「ったく、てめえらみてえな親のいねえガキは、本当にしつけがなってねえなあ。今から、きっちり体で教えてやっからよ」
そんなことを言った時、本広の顔に驚愕の表情が浮かぶ。次の瞬間、彼の頭から血が垂れてきた。
横には……いつの間に現れたのか、大きな石を両手で抱えた正樹が立っていた。どうやら、その石を後頭部に叩きつけたらしい──
「力也を離せ! この野郎!」
喚きながら、正樹はなおも石を振り上げた。吠えながら、本広の後頭部に叩きつける。
グシャリ、という鈍い音がした。本広は、バタリと倒れる。その隙に、力也は這うように動いて離れた。どうにか立ち上がると、正樹をまじまじと見つめる。
その正樹は、またしても石を持ち上げていた。力也は、思わず怒鳴る。
「やめろ正樹! こいつ死んじゃう!」
「こんな奴、死んだっていいんだよ!」
怒鳴り返すと、正樹は再び石を持ち上げた。
次の瞬間、一気に叩きつける。グシャリという音の後、大量の血が流れる──
バタリという音とともに、本広は倒れた。呆然となりながら、その様を見ていた力也と蘭……その時、腕を掴まれた。
「ボヤボヤしてんじゃねえ! 早く逃げるぞ!」
声と同時に、ふたりの手を掴み引っ張っていくのは正樹だった。力也と蘭は、我に返り外へと走り出す。暗闇の中、三人は夢中で走って行った。
三人は、空き地へと入っていき草むらの中に身を隠す。荒い息を吐きながら、土の上にへたり込んでいた。
ややあって、正樹が思いつめた表情で口を開く。
「よく聞け。お前たちふたりは、このまま逃げろ。電話で、健人を呼んでおいた。もうすぐ、ここに来るはずだ。蘭は、健人と一緒に警察に行け。力也は、ちびっこの家に帰るんだ」
「ま、正樹はどうするの?」
おずおずと尋ねた力也だったが、返ってきた答えに顔つきが一変する。
「仕方ねえから、警察に捕まってくるよ」
途端に、力也は怒鳴った──
「なんで正樹が捕まらなきゃならないんだよ! そんなのおかしいだろ! 悪いのは、あいつらの方じゃないか!」
喚きながら、正樹の腕を掴む。だが、正樹は冷静だった。
「力也、聞いてくれ。俺は、人を殺しちまったんだ。捕まるのは仕方ない」
「でも……そんなの嫌だ。俺は、正樹と離れたくない」
力也ほ泣きそうな顔になりながら、正樹の腕を掴んでいる。横にいる蘭も、すすり泣いていた。
しかし、正樹は掴んでいる手を振り払う。直後、険しい表情になった。
「俺の言うことが聞けねえのか!」
怒鳴られ、力也はビクリとなる。怯えた彼に、正樹は優しく微笑んだ。
「いいか、俺はウルトラバスターズのリーダーなんだよ。だから、俺が責任を取るんだよ。お前は帰れ」
言った時だった。蘭が口を開く。
「あだじのぜいだ……あだじのぜいで、ぶだりがびどいめに……ごめんなざい……あだじのぜいで……」
途切れ途切れの声で訴えながら、ふたりに頭を下げる。被害者であるはずの少女が、体を震わせ泣きながら謝罪していた……その姿は、あまりにも痛々しいものだった。
見ている力也も、耐えきれなくなり泣き出す。彼は悲しくて泣いたのではない。何も出来ないことが悔しくて泣いていたのだ。自分が無力な子供であることが、悔しくてたまらない……。
しかし、この少年だけは泣かなかった。
「んなこと気にすんな。だいたい、お前がここに来たのは俺のせいでもあるんだ。俺はな、院長に頼まれてたんだよ……お前を説得してくれ、ってな。あの時、断るべきだったんだよ。本当にすまねえ」
そう言うと、正樹は蘭に向かい頭を下げる。だが、蘭は何も言わなかった。ただ、涙を拭うばかりだった。
やがて、正樹は顔をあげる。体を震わせながらも、ニヤリと笑ってみせた。それが、強がりであるのは明らかだった。
「メンバーの誰かがやられたら、みんなで仇を討つ。それがウルトラバスターズなんだろ? もし俺に何かあったら、今度はお前たちが助けてくれよ。いいな?」
正樹の言葉に、ふたりは泣きながら頷く。
「わがっだ……」
「俺は、絶対に助けにいくから……どこにいようが、必ず正樹を助けるから」
正樹は、警察に逮捕された。殺害の動機については「蘭に会いに行ったら、会わせられないから帰れと言われた。だから頭にきて殺った」と供述した。十二歳のため、法的に罰せられることはなかったが、教護院へと入れられる。他の三人とは、連絡を取れなくなってしまった。
健人は、蘭に付き添い一緒に交番に行く。養親からは、叱られたけで済んだ。その後も蘭と連絡を取り合い、彼女の大切な存在となっていく。
蘭は、警察署にて本広夫婦に何をやらされていたかを全て話した後、別の児童養護施設へと入れられた。名字は、再び冬月に戻る。
力也は、帰る途中でたまたま通りかかったパトロール中の警官に職務質問を受け、保護される。彼は必死で「正樹は悪くないんだ」と言い張ったものの、全く取り合ってくれなかった。しかも教護院行きこそ免れたものの、規則の厳しい施設へと入れられてしまう。それがきっかけとなり、警察や法律に対する不信感を植え付けられてしまった。その不信感は根強いものであり、彼の人生に長らく付きまとうこととなる。
四人の人生は、この事件を期に完全に変わってしまった。
正樹は十五歳で教護院を飛び出した後、裏の世界に身を投じた。やがて日本にいられなくなり、海外に渡る。最初はフィリピン、タイ、カンボジアといったアジア圏だったが、その腕を買われアフガンやイラクといった中東で傭兵として戦うこともあった。
健人は、社会に潜む悪への怒りをたぎらせ中学高校と剣道に打ち込む。心身を鍛えると同時に、後の進路への布石を打っていたのだ。同時に勉学にも励み、文武ともに高いレベルにまで鍛え上げていく。やがて、大学卒業と同時に警察官となる。二十六歳の時には、晴れて刑事に昇進していた。同期の中では、もっとも早いスピード出世だ。
蘭は、心の傷を抱えながらも美しい女性へと成長していく。高校卒業の後に、己が育った児童養護施設『ちびっこの家』で働くようになり、同時に幼なじみだった健人との付き合い方も変わる。ふたりは、いつしか男女の仲になっていた。
力也は、
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