第18話 準備は重要です
一学期が終わり夏休みに入った。
小、中学時代、夏休みは芳美といつも一緒に武道場に通った。あいつと手合わせしていると楽しくて仕方なかった。
お互いにそれが分かっているから決着がつかない。その内、型も何も無くなって変則的な技を繰り出しては相手を攻撃していたので、師範代にはお前らは猿か猪かと言われ笑いながら怒られもした。
海にも一緒に行っては散々楽しんだ。中学になり偶に絵里が一緒の時もあった。絵里は綺麗だったからよく声を掛けられたが、しつこい相手は可哀想な事になっていた。
夏休みの宿題は、自由課題を除いては各教科の宿題や夏休み帳を俺が一日で終わらせ、芳美が五日掛けて俺が終わらせた宿題を写していた。
丸々写すと解き方とか怪しまれるので、俺の解答を正解にして自分で考えるという方法だ。まあ、個人の勉強としてはそれでいい。
絵里は一応七月中に終わらせる努力をしていた。日記は毎日の出来事を書くだけだから一瞬で終わる。芳美はそうでもないらしいが。
家族で旅行にも出かけた。とても楽しい時間だった。そんな夏が崩れたのが中学三年の時、だから夏休みは俺にとって嫌な思い出の季節になってしまった。
そして高校生になってからの二回目の夏休みを迎えた。絵里と工藤からは八月に入ったら誘うと言われている。大方宿題でもやっているんだろう。
今年も夏休みの初日に終わらせた宿題を芳美に渡した。一応七月中に返すという事になっている。
本当はあいつと武道場にいって思い切り手合わせしたのだが。
夏休みに入って三日目、俺はいつもの様に午前六時に起きてジョギングに出かける。この時間でも結構な暑さだ。三百メートルも走らない内に額に小さな汗が噴き出して来た。
いつものコンビニに寄ってサンドイッチ二種類と牛乳五百CCを買う。店員も毎日同じ時間に同じような格好で来る俺に安心感が有るのか、愛想よく話しかけてくるようになった。
背は高くないがショートヘアでくるっと丸い目と可愛い唇が特徴的な可愛い顔をしている。
「毎朝、関心ですね」
「日課ですから」
「でもこんなに継続できるって凄い事だと思います」
「そうですか」
俺は手持ちのビニール袋に買ったものを入れてレジを離れると後ろからありがとうございますと元気よく声を掛けられた。
マンションの自分の部屋に戻り、シャワーを浴びて朝食を食べ始めるとスマホが鳴った。学校が無いのでバイブにはしていない。画面を見ると絵里だ。
直ぐに画面をタップすると
『悠、今話せる?』
『良いけど、どうしたんだこんな時間に』
『うん、ちょっと急用が出来て。悠に付き合って欲しいの』
『急用、なんだ?』
『スマホじゃ話せない。だからデパートのある駅の改札に午後一時に来れない?』
『午後は駄目だ』
『じゃあ、午前十時。お願い』
時間は空いているが何の様だ。スマホじゃ話せないなんてよっぽどの事か。仕方ない。
「分かった、午前十時に行く」
『悠ありがとう。じゃあ、デパートのある駅の改札に午前十時ね』
私は会話が終わるとスマホを切った。ふふふっ、これで…。
俺は、絵里から連絡を受けた後、普段掃除できないもう一つの部屋の掃除や洗濯をした後、少し早いが出かけた。
デパートのある駅に着いたのは午前九時少し過ぎた時。別に急いで来る理由は無かったが、近くにある川べりを散歩しようと思ったからだ。
駅を出てから左にUターンするように折れて川べりに向かう。少し歩いた時、
えっ?工藤が男と歩いている。こんな時間に。
この辺はラブホ街でもないので、いったいどういう理由か分からないが、あれだけの可愛さだ。彼氏の一人や二人はいるだろう。
だが、その男の顔を見た時、何故か既視感に襲われた。それもあまりいい思い出では無い様だ。
何処に行くのか知らないが、俺は二人を無視してそのまま川べりへ向かった。だが頭の中にあの男の顔がこびりついていた。どこかで会ったのだろうか。
三十分も歩く事は出来なかったが、まあいい散歩にはなった。その頃にはさっきの男の顔も忘れていた。
午前十時十五分前。俺は改札で待っていると絵里がホームからのエスカレータで降りて来た。
中学から毎日学校で会っているから気にしなかったが、こうしてはっきり見ると、艶やかに腰まで長く伸びた髪、目は切れ長で大きく、鼻はすっと高く通っている。口は薄くそれらのパーツの美しさを引き出すような顔の輪郭。
スタイルも出ている所はしっかりと出ていて。それに今日は少し化粧をしている。はっきりって美人だ。誰かが市立桂川高校一の美少女と言っていたが、分からないでもない。
「はるかー。待ったぁ?」
大きな声で言わなくても分かるって。ほら見ろ、周りの奴らが俺達を見ている。男は妬みと嫉妬。女はあきれ顔だ。
「待っていない。今来た所だ。それよりこんなに近くに来てそんな大きな声を出すな」
「ふふっ、恥ずかしいの?」
「何がだよ?」
「別にー」
「ところで用は何だ。ここでないと話せないというのは?」
「うん、ちょっと来て」
「えっ?」
俺のTシャツの袖をいきなり引張り歩き始めた。
「おいやめろ、シャツが伸びるだろうが」
「じゃあ、一緒に来て」
それでも強引に引っ張ろうとしている。
「分かったから」
なんなんだ。こいつ。
連れて来られたのは…。
「何だここは?」
「見れば分かるでしょ」
「いやだから、何で俺がお前とここに一緒に来なければいけないんだ?」
「それは決まっているでしょ。悠と一緒にプールに行く為よ。体が成長していて胸が入らなくなってしまったの」
「だからなんで俺がここにいる必要が有るんだ」
「だから、悠に私の水着選んで欲しいから」
スマホでは言えない訳だ。聞いていたら絶対に来ない。
「俺が選ぶ理由は無いだろう。彼氏にでも選んで貰え」
「悠!あんたいったい何年私と一緒に居ると思っているの。私に彼氏なんている訳無いでしょ」
ふと気が付くと、まわりの人がニヤニヤクスクス笑いながら俺達を見ている。不味い。
「とにかく早く選んで来い。俺はここで待っている」
「そうは行かないわよ。一緒に来るの!」
「いやだ、入らない」
「だめ…」
「あのう、お客様お店の前でそれ以上は…」
店員に注意された。
「「す、すみません」」
「悠が直ぐに入らないから怒られたでしょう」
「俺の所為か?」
「当たり前でしょ。早く入る」
なんでこうなった。俺の周りにハンガーで吊り下げられた女性用水着。世の男性諸君、君はこの状態で平静を保っていられるか。もし出来るなら俺に伝授してくれ。
結局、三十分もの拷問?女性水着見せられの刑?に処せられた俺は、ほとんど耐久性ゼロと化し、やっとの思いで女性水着用品売り場を離れた。
「絵里、もう無理だぞ、こんな所に付き合うのは」
「ふふっ、ありがとう。もう良いわ。付き合ってくれたから」
「じゃあ、俺はこれで帰るぞ」
「駄目、昼食位付き合ってよ」
「まあ、その位なら。午後から用事が有るからな」
「分かってる。武道場でしょ」
俺たち二人は、駅の傍にある〇ックで食べているとあれっ、工藤さんがさっきの男とデパートの方に向っていく。絵里を見ると気付いた様だ。
「悠、あれ」
「ああ」
「工藤さん、彼氏いたんだ」
「…………」
なんだ、この既視感は。
「でも変ね。彼氏彼女って感じじゃない。誰だろう隣の人?」
「そんな事分かるのか?」
「悠がこういう事に疎いだけ。頭いいのに、こういう事はまるで分からないんだから」
「いいだろう」
「まあね」
大丈夫よ悠。私がずっと傍に付いていてあげる。
―――――
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価★★★頂けると投稿意欲が沸きます。感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
次回以降をお楽しみに。
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