ウイルス

ディヴァ子

皆、死ねばいいのに

◆ウイルス


 目に見えない細菌よりも更に小さい、極微の生命体。一応はDNA(種類によってはRNA)がある癖に、細胞構造を持っていない為、自己増殖する事が出来ず、他の細胞に入り込み、宿主の遺伝子を奪い取る事によって増える。当然、宿主の細胞は死ぬ。仕方ないじゃない、ウイルスだもの。


 ◆◆◆◆◆◆


 「死」。

 それは誰しもに訪れる、不可避にして不可逆の事象。覆す事の出来ない概念。全知全能の神でさえ抗えない事柄であり、当然ながら唯の人間が避ける事の叶わぬ定め。運命と言っても良い。

 まぁ、別に死生観がどうとか、何を以て「死」とするとか、そういう小難しい話をする気は無い。だって、面倒臭いし。とりあえず、人は放っておけば、その内死ぬんだよ。

 だから、私が先ず聞きたいのは、“ああ、これは死んだな”と感じた事はあるか、という話だ。

 人間、誰しもあるだろう。それは例えば、車に轢かれそうになった時だったり、あるいは高所から落っこちる時だったり、自分の肉親もしくは何処かの誰かをマジ切れさせた時だったり。とにかく、そういう話である。

 私の場合、とある小汚い沼に落下した時だ。あれは今でも覚えている。アオミドロが繁茂し、見知らぬドブネズミの死骸とこんにちはした、幼いあの日の事を。何なら、それを作文にしたら表彰されたりもした。何でやねん。

 だが、それはあくまで物心が付く前の、言ってしまえば無知な子供時代の話。

 ある程度の物心が付いた時に味わった死の恐怖は、そう――――――とんでもない高熱を出した時の事である。後にも先にも、あれ程「死ぬ、死んでしまう、死にたくない」と思った事はない。

 朦朧とする意識、動かない身体。その癖、全身に迸る熱感と過呼吸に等しい息苦しさだけは、嫌でも知覚出来る。何この拷問。こんな事ならいっそ、一撃必殺して欲しいんですけど。それくらいに酷かった。

 原因はインフルエンザウイルス。何型かは知らん。そんな事は私の管轄外だ。だって死にそうだったんだもん。

 ともかく、私は約一週間程高熱を伴う諸症状に苦しめられ、何とか生還した。後に軽自動車、普通自動車、大型トラックと、三段階に渡る交通事故で痛い目を見たりするのだが、それでも死の恐怖は感じなかった。というか、「これぞまさに鉄の拳」と感心し、「あ、これ親にバレたらヤバいんじゃね?」と焦っただけだった。馬鹿なのかな?

 まぁ、馬鹿だったのかもしれない。轢かれた理由がどれも自転車でフラフラと、「匂いにつられた」「上の空だった」「週刊少年ジャ○プが買いたかった」などという、実に下らない理由で車道に飛び出したからである。諦めようよ、そこは。もしくは自重しろ。

 そんなヤンチャでお馬鹿な少年にも、一つの夢があった。この少年には、夢がある!

 それは、漫画家になる事だった。具体的な目標は今は亡き高橋 和希氏。彼は凄いぞ、カッコいいぞーッ!

 しかし、そんな夢物語を、誰かが応援してくれる筈もなく。


「真っ当な職に就け」


 両親から出た言葉は、それだった。とても分かり易い一般論だ。ついでに、夢を語るならそれに伴う行動をしろ、専門学校に通えなくてもアシスタントでも何でもすれば良いだろう、という正論も突き付けられた。

 だから、私も私なりに行動した。

 そして、玉砕した。夢見がちなクソガキの拙い絵など、吐いて捨てる程に存在しているので、持ち込みをした出版社から言われたのは、「もっと実力を磨け」「上手い言い訳とかは良いから、先ずは良い物を描け」という、これまた当たり前の事。

 それらの“当たり前”が、どれだけ少年の心をへし折ったかは、想像に難くないだろう。そうした挫折にもめげずに続けられた一握りの人間だけが栄光を勝ち取れるのだから、それもまた当然の事。

 結果、少年は完全に夢を諦め、両親の言う“真っ当な仕事”に就いた。

 否、この表現は正しくない。少年から青年になった彼は、それでも未練がましく諦めていなかった。これもまたよくある話。“自分は特別”“それを認めない周りがおかしいだけ”。そんな意☆味★不☆明な愚考に陥り、愚行を重ねる。全く以て、どうしようもない悪循環である。

 さらに、青年は「とりあえず金さえあれば何とかなるんじゃないか」という、とんでもない考えに至った。別に出版社を買い占めるとか、そういった大それた事ではなく、唯単純に「生活費を稼ぐ時間を描く時間に使えないか」という、お前は馬鹿なのかと言わんばかりの、酷い思考回路だった。若気の至り、ここに極まれり。

 そして、青年は大変な間違いを犯す。保険屋の親戚に、母親の妹に、相談してしまったのだ。

 別に保険会社をどうこう言う気は無い。“保証を売りにする”職業であり、それで救われる人が、命が、大勢いる事は確かである。

 だが、私の叔母は違った、のだと思う。彼女は所謂「ねずみ講」にも参加している人物で、保険屋特有の“人を信頼させる”話術を以て、私を盛大に巻き込んだ。

 いや、巻き込んだという言い方はおかしいか。形はどうあれ、彼女は「儲け話」を持って来たのだから。上手く行けば、の話だが。あと、馬鹿高い月々の保険料を言葉巧みに契約させた事は、それとは別なので、普通に死ねって思う。“身内程騙し易い奴はいない”とはよく言うが、本当にやる奴がいるか。是非この機会に己の所業を広く知れ渡って、その末に人生のどん底で死んでも欲しい。貴女に望む事は、それだけです。

 むろん、そんなねずみ講+超絶保険料を、高だか町の零細工場に勤める青年に維持出来る筈もなく、今更誰かに話せる筈もなく、ローン会社に金を借りる事に為る。金を稼ぐために借金を重ね、借金を返す為に信頼を失う日々。旧い友人も、それで失くした。あの頃は、最早何も見えなくなっていた。

 その後、どうにか叔母から離れる事は出来たが、その頃には既に手遅れだった。だってさ、手取りの給料が十七万円くらいなのに、返済だけで十万近く消えるのに、どうやって生活するのよ?

 それでも、一抹のプライドと後ろめたさから、誰にも相談出来ぬまま、派遣会社員として各地を転々としつつ、最後は地元に戻ってきた。その理由は“将来を決めた相手”と添い遂げたいという、何処にでもある理由だったのだが、結果的にそちらはご破算になったとだけ言っておく。これに関しては、純粋にこちらが悪い。言い訳をさせて貰えるなら、私には既に「責任感」という物が欠如してしまっていた。“これだけ酷い目に遭ってるんだから、誰に何と言われようと、自分は何も悪くない”という、実に身勝手な思考に陥っていたのである。だから、自ら別れを告げてきた彼女は、普通に正しい。何処かの誰かと、幸せな家庭を築いてくれ。もう一度顔を合わせたら、多分刺すかもしれんけど。人間、そこまで自分を偽る事は出来ない。特に男という生き物は。

 ま、そんな事は置いておいて。私は惨めに帰郷して、本当にどうしようもなくなったので、債務整理をしつつ、親に泣きついた。最終的には色々と便宜を図ってはくれたが、私は忘れない。最初に言った、その一言を。


「何で相談しなかった?」

「家族でしょう?」


 そう、私は忘れていない。まだ、何とか後戻りが出来そうだった頃に、様々な思いを抱きつつ、叔母の話題を出そうとした時の、親の一言を。


「親戚を悪く言うな」


 それ以降、私は彼らに、“その時”が――――――“手遅れになった末路”が訪れるその時まで、決して相談する事はなかった。家族を家族と思えなくなった。血が繋がっている、赤の他人だと思うようになった。

 否、実際は夢を否定されたあの時から“親愛”という物を、失くしていたのかもしれない。

 私の親は、確かに自分たちを育ててくれはしたが、あくまで“良い子”としてしか、育てそうとはしなかった。母親が鬱病だったのもあるが、全ての中心は母親だった気がする。何をするにしても親の物差しが入り、最後は絶対に「お前が悪い」となる。例え、傍から見れば“母親が悪いだろう”という場面があっても。彼女の側から謝る事はあったが、それらに誠意を感じた事は、一度もない。本人がそのつもりでも、受け取る側のこちらが、そうとは感じられなかった。


 ――――――どうせ、また何かあれば、お前が悪いと叱ってくる。


 その思いを、永遠に本人たちに伝えぬまま、私は生きてきた。借金苦と夢を叶えられない苦しみから、何度も自殺し掛けた。気付けば、自分は忌々しい母親と、同じ存在になっていたのだ。


 ――――――どうして自分わたしを可哀想だと思わないの!?


 そんな何処ぞの上弦の鬼みたいな事を、本気で思っている、どうしようもない人間が、誕生した。

 たぶん、その頃からである。“彼女たち”が目覚めたのは。


 “彼女たち”――――――私の思い描く物語の、主人公たち。


 人生の途中から小説も書くようになったが、そのどちらにも顔を覗かせる、主人公の皆々。

 “彼女たち”はどいつもこいつも自分勝手で、如何なる理由があろうと、我が身が一番だ。

 特に香理かり 里桜りおという主人公は、人を人とも思わないマッドサイエンティストで、「人を殺すのは最高だ!」と言い切り、命を弄ぶ。己を「悪の権化」だと自負し、一時の享楽の為なら、相方ですら玩具にしてしまう。世界中の人間……否、命は、己が玩具だと言って、憚らないのである。

 まさに、極悪非道、人間の屑。大悪党でも小悪党でもない、吐き気を催す邪悪な存在。悪に際限の無い女。子供のように無邪気に人の幸せを奪う、本当の悪魔。それが里桜だ。


 まるで、私のようじゃないか。


 そう、私は悪人である。自分が可愛くて仕方ない、様々な理由を付けて他人を見下す、どうしようもない人間。それを悪いとは、これっぽっちも思っていない。だって、私は悪くないのだから。

 そんな私の心理……否、「真理」を如実に体現したのが、里桜RIOなのだ。

 だからこそ、彼女は私を苦しめる。

 私だって、漫画の登場人物じゃないんだから、四六時中闇落ちはしてないし、何処ぞの海賊王や宇宙最強の父親、「飯と言ったらコレ!」な作品群のような、万人に受け入れられるような漫画や小説を書いて、ちやほやされたい。あるいは「異世界転生して俺ツエー!」な物語を紡いだり、人間が失格しているような純文学を嗜んだりもしたかった。

 しかし、私の性根が腐っているように、私の物語は遅かれ早かれ腐っていく。

 主人公は外道で、ストーリーは邪道、エンディングは大体バッドエンド。誰も救われないし、救わない。それも完全な絶望感ではなく、後味の悪い、何時までも尾を引くような余韻を残そうと躍起になっている。どんなにスタートが王道で正道でも、必ず最後はそうなる。

 描いている……書いている、最中に、主人公たちが苛んで来るのだ。


 ――――――人を呪え、世界を恨め、夢も希望を与えず、苦しめろ、と。


 そうして、絵も文章も、歪んでいく。まるで、怨念を成就したくて堪らない、というように。

 そう、そうなのだ、私は夢や希望を託して作品を手掛けていない。実に身勝手な恨みを晴らす為、怨念を込めて創っているのである。だからこその、あの作風なのだろう。

 何度でも言うが、私も四六時中、世界を呪ったりはしない。それでも、私の作品は、主人公たちは、恨みを晴らそうとするだろう。それが私の、本当の望みだから。

 ……さて、いい加減気が滅入る話ばかりもアレなので、ここで一つ、どうでも良い話題をしよう。

 私はアニメや漫画も好きだが、特撮が大好きだ。中でも宇宙の彼方からやって来た、光の国のスーパーマンたちが紡ぐシリーズが好きで好きで仕方ない。その次は怪獣王と亀型決戦兵器ね。

 そんな特撮作品の中で、一番好きな連中が、とある異次元人たちだ。彼らは常人では見る事も触れる事も出来ない世界に住い、人の心を試してくる、悪辣な存在である。自らを闇の化身と豪語し、人間に負の感情がある限り何度でも蘇る、本当の悪魔たち。

 その彼らは、孤児に化けた己へ都合の良い親愛を向けてくるとある老夫婦に、こう言い放った。


『子供の心が純真だと思うのは、人間だけだ』


 実に悪魔らしい意見だ。私もそう思う。そこに痺れる、憧れるぅ~♪

 ――――――子供は大人が思う程、純真でも純粋でも純朴でもない。大人が思い描く常識に捉われない、我儘な存在である。弱者ではあるが、弱いだけの奴らではない。

 だからこそ、それを正しく導く大人が居なければ、子供は幾らでも歪む。異次元人と同じ“本当の悪魔”となる。とは言え、今の世の中は“大人子供”が溢れ返っているから、そうも行かないのだろうが。子供が子供を育てて悪魔を生むとは、皮肉な話だ。光の国の“彼”が告げた、最後の……変わらぬ願いは、少なくとも現代人には届いていないらしい。

 私もまた、その一人。何せ、異次元人たちが思い描く“子供の姿”を、主人公たちに投影し、作品という形で恨みつらみをばら撒いているのだから。もしも彼が見て、聞いていたら、ギロチンの刑に処されているだろう。


 ――――――子供は無邪気で、純粋な、本当の悪魔である。


 私はまるで異次元人のように、主人公こどもたちを生み、育んでいる。私の変わらぬ願いを叶える為に。死ね、死ね、死ね、と。

 その熱量は、あの日味わった一週間のようで、そういう意味で主人公たちは「ウイルス」に似ている。光の世界に逃れようとする私を侵食し、“思い出させて”くれる。“お前は悪人で、人間の屑だ”と。


 ……まぁ、何を言いたいのかというと、私はこれからも物語を描き続けるという事だ。

 人が作品に込める想いは様々で、中にはこういう奴もいる、というだけの話。

 だから、私は死ぬまで創作活動を続ける。その完結は、人生の終わりを意味する。それは恨みが晴れた、という事だから。


 ――――――私が死すとも、物語想いは死なず。

 ――――――怨念となって人の心に蘇り、必ず世界に復讐する。

 ――――――人々から夢や希望を奪い、終わる事のない絶望に染め、虚無な人生を味わわせる。


 それが、私の変わらぬ願いである。


 ……さぁ、筆を取ろう。怨念成就の為に。




 “主人公わたし”こそ、本当の悪魔だ。

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