深夜の散歩で起きた出来事

あそうぎ零(阿僧祇 零)

深夜の散歩で起きた出来事

 八十吉やそきちは、愛宕山あたごやまの男坂を登り始めた。辺りはひっそりと静まり返っている。淡い月明りが足元を照らしてくれた。


 さっき、七軒町の若衆わかしゅ10数人が集まった庚申待こうしんまちを抜け出してきた。

 庚申の夜に眠ると、体の中に住んでいる三尸さんしという虫が体から抜け出し、その者の悪行を神様に告げ口するのだ。

 だから一晩中眠らないようにして、三尸が体から抜け出すのを防ぐ。だが、その実態は徹夜の宴会に他ならない。


 八十吉は、60日に一度巡ってくる庚申待ちが、大の苦手だった。酒が一滴も飲めず、引っ込み思案だ。気が荒くて乱暴者が多い若衆に、馬鹿にされたり罵倒されたりするのが常だった。

 裏長屋の木戸が閉じられる夜四ツ前に、庚申待ちを抜け出してきた。夜の町を徘徊はいかいし、木戸が開く翌日の明け六つに戻ればいい。


 愛宕山の頂上に愛宕神社がある。八十吉は、社殿の前にある梅の木の根元に座った。やはり、夜九つ(午前0時)を過ぎると、眠気が襲ってくる。


 ついウトウトした八十吉がふと目を覚ますと、頭の上に何かが浮かんでいる。狼のような頭に直接、人間の太い足が1本付いている異様な姿だ。

 その化け物は、フラフラと空中を漂っている。

 これこそ三尸に違いない。


 八十吉は三尸を捕まえようとしたが、三尸はその手をすり抜けた。

 八十吉には、三尸を行かせてはならないわけがあった。

 3年前、若衆の一人、熊五郎くまごろういじめられ、思わず突き飛ばした。すぐ近くが崖になっており、転落した熊五郎は、石に頭をぶつけて死んだ。

 八十吉は遁走し、露見しないで済んだ。


 八十吉は必死に三尸を追いかけた。

 ほとんど手が届きかけた時、八十吉の体が宙に浮いた。そこは、愛宕山西側の切り立った崖だった。

 崖下には大きな石があって、八十吉はそれに頭を打ち付けてしまった。熊五郎が頭をぶつけたのと同じ石だった。

 瀕死の八十吉が最後に見たのは、天空高く飛び去っていく三尸の姿だった。


《完》


 

 


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