第21話 挑戦・連環の計
「行ってだめなら戻ってくればいい。それだけだ。行きたいと言っているのに、行かせないでどうする。中国と中国人の良さは、本当に中国へ行った人間でなければわからない」
かつて戦地として中国へ行った祖父の言葉に、祖母も渋々納得したが、留学前夜、祖父が私に手向けた一言は
「中国の人は腹を割って付き合えば、日本人よりも信頼できる。中国の人とは、仲良くしなさい」だった。
この一言を放った時の祖父の顔は、いつになく真剣で厳しい眼差しだったが、言葉を伝え終えると、いつもの優しい表情に戻り
「いやになったら、いつでも帰って来なさい。飛行機代くらい、いつでも出してやるから。無理はするな」
心強い一言を添えてくれたのだった。
祖父の言葉は、その後の私の留学生活のみならず、中国の人との関わり方にも大きな影響を与え、支えてくれたのだが、今思えば、祖父が体験したことをもっと聴けば良かったと悔やまれる。
祖父は中国のことを出来るだけ多く話そうとし、私も身を乗り出して祖父に話しを
「今更そんな昔話、しなくてもいい!」
親戚に話を
後年になると祖父ももう、辛かった日々のことは話したくないようだった。
その時だからこそ、生きているからこそ、直接話を聴ける機会は、親しい関係ほど得難いものなのかもしれない。
また、親しい関係ほど、客観的に相手を尊重するのも難しい事だが、だからこそ、ここぞという時の言葉の重さは量り知れない。
祖母に対しては祖父が、父に対しては母が説得してくれた。
いつもは控え目な、父にどこか遠慮しているようにさえ思える母が父に向かって放った決定打は
「この人の人生なんだから好きにさせないと。後になってから『あの時行っていれば』って言われても責任とれないでしょ?」だった。
中国語の通信講座さえ反対していた母だったが
「一時の感情で中途半端なんだろうと思っていたけど、毎日欠かさずラジオ講座で勉強して本気だとわかったから応援するよ」
母なりに覚悟を決めたように私に微笑むと
「あんた男でしょ? ここまで来たらいい加減に快く応援してあげなさい」
父の人生計画よりも、私の人生を尊重してくれた。
「そこまで言うのなら」
こうして、人生を懸けた挑戦への純粋な想いは、周りを動かしたのだった。
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