気になる客

田村隆

気になる客

私は、ここのバーに来るようになってから色々な不思議な事件にあい、それを題材に小説を書いてきて一部の好事家から好評えて小説家としての生業を続けている。

 このバーは、戦前色々な文豪が出入りし有名なバーであり小説の題材にもなったバーだったが戦火に巻き込まれ消失したこともあるバーだった。

 今夜も、このバーで一つの奇妙な事件に出会った。

 このところ、仕事が忙しくバーから足が遠のきつつあった。

 それに比例して仕事のネタが尽きつつあった。

 私は、連載中の小説のネタが浮かばずこの因縁深きバーに足を運んだ。

(ここに来たからと言って何かネタがある理由ではないのに…………)

 言い訳がましい自分とは反対に何か珍しい出会いがありそうなきがしていた。

 バーに入ると、一人の厳めしい老人が先客としていた。

 私は、先客の老人を気にしつついつもの私の席に座った。

「いつものを頼む」

 バーテンダーに注文すると今まで黙って立っていた彼女はカクテルを作り始めた。

 それは、私がネタに困った時のある種の儀式でその儀式をするといつも小説のネタがつかめた。

「そこの老人と話してはいかがでしょうか」

彼女は、出来上がったカクテルを渡しながら提案した。

それはまるで私が小説に行き詰っているのを見越したかのような提案だった。

私は、その提案に訝しく思いながらも彼女の言葉に従い老人のそばに行ってみると

「ここは長いのですか?」

老人は厳めしい姿とは反対にやさし気に私を迎えた。

「1年くらいです」

「小説を書かれているそうですね」

「小説家なんてそんな大層なものではないです。ただの物書きですよ」

「私も、その物書きの一人です」

その後、彼と作家についての話や小説論など色々話したのは覚えている。彼の話は面白く私の趣味にあった。しかし、私は2つ気になったことがあった。

1つめは、彼が左腕にした腕時計だ。その腕時計が私の腕時計と非常に似ていた。いや、似ているというより同じ物と言っても不思議のないものだった。ただ一点彼の腕時計が私の物よりくたびれていることだけだった。

そして、もう一つは彼の名前を知らないことだった。

もちろん、話の途中で彼の名前を尋ねたことはあった。しかし、彼は名前を尋ねると決まって意味深な笑い顔を返しつつ、新しい話題を私に振って名前を明かそうとしなかった。

 もちろん、名前などどうでもいいことかもしれないがなぜだか彼の名前が気になった。

 その理由は、私にもわからないが聞くことで何か小説の題材になりそうな予感があった。

「ところで、失礼ですがお名前は?」

 私は、何度目かの同じ問いに

「そんなに気になりますか?」

「気になりますね。非常に気になります。よろしければ、教えていただけないでしょうか?」

 彼は一瞬驚いて私を見ると意地悪さげに笑うと

「別に隠す必要もないでしょう。私は未来のあなたですよ。」

と言った。


いつの間に眠ってしまったのだろうか。私は頭を振りながら周りの様子をうかがうと彼はもういなかった。

バーテンダーは彼が帰ったことを伝えるといつもの場所で他のお客へのカクテルを作っていた。

 私は、また小説の題材を手に入れた。

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気になる客 田村隆 @farm-taka

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