第3話 私とアルバナーク婆様が視たもの

 私は、ミレイア・ミレスタ。エクセン王国のレドリー王子に婚約破棄こんやくはきされた、元聖女。聖女はこのエクセン王国に、魔物の侵入を防ぐ結界を張る役職だ。

 

 しかし、レドリー王子と彼の新恋人ジェニファーによって、聖女の役職をやめさせられてしまった。


(友達のいるシャルロ王国に行こう。そこで別の学校に編入しよう)


 私はエクセン王国の中央都市、リドラードから出て、旅立とうとしていた。


「待ちなさい!」


 後ろから声がした。


 私が振り向くと、そこには年老いた女性が立っていた。


「アルバナーク婆様!」


 私の最も尊敬するアルバナーク婆様ばあさま。私の師匠ししょうだ。89歳だが、背筋はピンとして、上品なお方だ。


 心配して、私を追いかけてきてくれたのか……。


「どうしても行くのかね?」


 アルバナーク婆様ばあさまは残念そうにおっしゃった。


「はい、レドリー王子に婚約破棄こんやくはきされたので。聖女の役職も、レドリーとジェニファーによって、やめることになりました」

おろかなことよ。レドリーとジェニファーめ……」


 アルバナーク婆様ばあさまは首を横に振った。


「すでに感じるじゃろう? この空気。結界の魔力が弱まっている。お前さんの張った結界の魔力が、弱くなってきておる」

「噂ではジェニファーが、エクセン兵士の軍隊指揮官に任命されるようです。魔物の襲撃しゅうげきに関しては、きちんとやってくれるのではないですか? 多分」

「そうだったな。ジェニファーは彼女なりに精一杯やるだろうさ……彼女なりに」


 私たちは苦笑いした。


 ゴゴゴ……。地響きがした。


「何か来そうだね」


 アルバナーク婆様ばあさまは言った。


「とてつもなく恐ろしい存在が」

「恐ろしい存在?」

「未来予知をしてごらん」

 

 私はアルバナーク婆様ばあさまの言う通り、頭の中でエクセン王国の未来をた。


「ああっ!」


 私は声を上げた。


 頭の中に、何か恐ろしい存在が浮かび上がった。


「な、なんなんでしょう? 『これ』は」

えたか」

「は、はい」


 私がたもの……それはとても美しいものだった。しかし、見方を変えれば、それはとても不気味で、寒気のするほどのものだった。


 それは石のような彫像のような存在だった。そして城のような巨大さ。女性の形をした美しい彫像のようなものだった。


(浮かんでいる……!)


 その彫像のような巨大な存在が、エクセン王国の空に浮かんでいる未来がえた。


 その素晴らしい芸術家が彫り上げたような巨大な彫像は、まさしく美しい石の美女。しかしながら、脇にも腕が生えており、全部で腕が4本あった。

 

 そして、その存在の背中には黒色の翼が生えていた。


「な、何なんでしょう? この……存在は」


 魔物でもない。魔王でもない。魔女でも、怪物でもない。


 見たことのない、怖ろしい存在。


「……伝説の、やみ堕天使だてんしかもしれん」

やみ堕天使だてんし!」


 聞いたことがある! 古代、神代の時代、神の使いの天使たちから、悪の道にちた天使だ。いや、天使というより、もうちた時点で、悪魔になったらしい。


「そ、そのやみ堕天使だてんしが、エクセン王国の上空に飛来してくると?」

「……分からん」

「そのやみ堕天使だてんしは、エクセン王国に、何をしに来るのでしょう? 対話ですか? それとも?」

「うーむ……」


 アルバナーク婆様ばあさまは、考えているようだった。まるで、答えを出すのを怖れているようだった。


「……本当に旅立つのかね? 聖女よ」

「聖女はもうやめましたのよ」


 私はさみしく言った。


「だから、もう自由にさせていただきます。私は友人を探しに行こうと思います」


 ピクリとアルバナーク婆様ばあさまは、私を見た。


「……前に話していた、フレデリカという少女か?」

「はい」


 アルバナーク婆様ばあさまは、「そうかね」と言った。フレデリカは私が10歳の頃、仲の良かった女の子だ。


「学校はどうする? お前は元聖女だが、学びの最中だ」

「シャルロにも勇者・聖女養成学校があります。そこに編入するつもりです。この際ですから、一から学び直します」

「良い心がけだ。いつでも帰っておいで」


 アルバナーク婆様ばあさまは、背を向けて戻っていった。



 私は街外れにある、飛空艇ひくうていの飛行場まで行くことにした。


 飛空艇ひくうていは魔法の力で飛ぶ、巨大な乗り物だ。


 街から街にひとっ飛び。


 私は友人のフレデリカを探しに、シャルロ王国というエクセン王国の隣国りんこくに旅立つことにした。

 もちろん、シャルロの学校に編入するのも目的だ。


「シャルロ王国まで。1名なんだけど」


 私は、飛空艇ひくうていの係員に言った。


「あ~、ダメダメ。今、飛ぶことができないんだよ」


 係員は困った顔をして、飛空艇ひくうていの飛行場を指差した。


 猿のような巨大な魔物が、飛行場をウロウロしている。


 私以外にもお客がいる。皆、飛行場から離れた場所に避難し、困った様子だ。


 あの魔物は……ポイズンモンキーか……。全長3メートルの体格を持ち、爪に毒を持った魔物だ! 


 私が結界を張らずにいる影響が出ているのだ。


「ポイズンモンキーが、飛行場でウロウロしているから、危なっかしくて飛空艇ひくうていを飛ばせやしない」


 係員はブツブツ言った。


「魔物の侵入を防ぐ、結界はどうなっちゃったんだろうなあ。聖女様は、今日は休みなのか?」


 係員はため息をついた。私が元聖女だとは、当然気付いていない様子だ。


(結界は……もうなくなりました。私が、聖女をやめたからです)


 私は心の中で、係員に謝った。


「あらぁ? 見たようなマヌケづらね? 魔物が現われたと聞いて、急いで来てみれば……まさかあなたがいるとはね」


 聞き覚えのある嫌な声が、私の後ろで聞こえた。


 後ろから歩いてきたのは、レドリーの新恋人、ジェニファーだ。ジェニファーは後ろに、3人の兵士を従えている。


「ジェニファー! まさか、あのポイズンモンキーと戦うの?」


 私は聞いた。


「ええ、そうよ! 私の指示で動いてくれる、エクセン兵士たちの力を試すわ!」


 ジェニファーは胸を張った。兵士たちは、顔を真っ赤にしてジェニファーに敬礼している。

 

 エクセン兵士たちは、美人のジェニファーに、メロメロだった。

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