彼女の愛
熊のぬい
月が出ていたので
私は眠りにつこうと、スマホの電源を消した。布団をかぶって、欠伸をする。
ウトウトと、意識がゆっくり落ちていく。
その時、スマホからメッセージアプリの通知が鳴った。
「こんな時間に誰なの~」
パッと、スマホを見ると、画面の光でギュッと目を瞑った。
「うぅ…」
光と戦いながら、私は届いたメッセージを読んだ。そこには幼馴染の子から、公園に来てほしいとの事が書かれていた。
「なんでぇ、くっそ眠いのに」
そう文句を言いながら、私はコートを着た。
暦上ではまだ秋だったが、夜の気温はすでに冬に突入していると言っても過言ではない。外は寒いんだろうなと、想像して、身震いした。
家族は誰も彼もが眠っている。その眠りを妨げないように慎重に、静かに部屋から出て、ゆっくりと階段を下りていく。
カチャリと玄関のカギを開ける。
「いってきます」
本当なら、黙って出て行った方が、起こさないのかもしれないけど、私は無意識に言葉にしていた。
そうして家を出て、公園に向かう。
やっぱり肌寒く、コートを着てきて正解だったと、自分自身を褒める。
コートのポケットに手を入れて、歩いた。
公園には、既に幼馴染が待っていたから、ちょっと小走りで近寄った。
「待った?」
私は彼女にそう問いかけた。
「うぅん、待ってないよ」
彼女は首を横に振って、眉を下げて笑った。
「いきなり呼びだして、ゴメンね」
「気にしなくていいよ」
彼女は少し泣きそうだった。何か言いたげなのに、彼女は何も話そうとしない。
「散歩でもする?」
そう提案したのは、少しでも彼女の緊張が解れれば良いと思っての事だ。彼女は小さく頷いていた。
それから数分、何も喋らず、二人で住宅街を歩いていく。何が言いたいのか、少しドキドキしながら、チラリと横目で彼女を見た。
いつもなら喋らなくても、居心地悪くないのに、今日に限ってなんだかこっちまで緊張してきた。
「あー、今日は月が綺麗だね」
私はなんとか喋ろうと、適当な言葉を吐いた。静まり返った住宅街では小さな声でも彼女に届いた。
適当な言葉だったけれど、本当に綺麗な月だったのは確かだった。ザワリと、誰かの家に植えてある木が風で靡く。
彼女は歩いていた足を止める。私はそのちょっと先で、立ち止まり彼女を見るために振り向いた。
「…良いわ」
彼女は何か小さく、呟いたが、私には届かなかった。
「えっ何?」
彼女は地面を見たまま、顔を上げない。あまりにも下を向いているから、私も彼女が見つめているアスファルトを見る。ポタリと、地面に水が落ちていき、しみ込んでいく。
最初は雨かと思ったが、すぐに彼女が泣いているのだと、分かった。
私は彼女の顔を覗き込むために、顔を寄せた。
「どうし…」
たの、とそう続くはずだった。
けれど、その言葉は、何か柔らかなもので塞がれた。そして、それはすぐに離された。
「バイバイ」
そう言った彼女の顔は涙で濡れていたけれど、笑っていた。その顔は、月に照らされて綺麗だった。
固まる私を置いて、彼女は、夜の中を走って逃げた。私は追うことも出来ず、右手で唇を抑えた。
それは、初めて彼氏が出来た日が昨日なる時間に起こった事で、私のファーストキスだった。
彼女の愛 熊のぬい @kumanonui
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