背徳の代償

真偽ゆらり

啜る

「腹減ったな」


 日付が今日から明日へと変わる時間帯。


 ふと空腹を感じることはないだろうか。


 人間、いや人でなくても起きていれば腹は空くものである。


 この時間に飯テロ動画を見たのがいけなかった。

 豚の旨味と脂が溶け出した少し癖のある香りを見ただけで想起させる白濁したスープ、豪快に啜る音で聴覚から食欲を呼び覚ますコシのある細麺。


 有り体に言って……今、無性に豚骨ラーメンが食べたい。

 時間帯が織りなす背徳感? 最高の調味料です。


 大都会の眠らない街ならいざ知らず、ド田舎のよく眠る町に深夜営業をしている豚骨ラーメン屋は無い。スマホで検索したら山を越えないと無かった。


 だが、コンビニならある。

 よく眠る町だけあって街灯が少なく道が暗くて少し怖いが食欲が勝った。


「ご主人、私も御供しよう」


「え?」


 潤んだ目で見つめてくる飼い犬が喋ったように聞こえたのは夜道の暗闇に対する恐怖ゆえだろうか、いや違う。


「わふ?」


 散歩に連れてってもらえると思って尾を振る姿が可愛くて勘違いしたに違いない。


「お前も行くか?」

「おう!」


 今のもきっとそう、たまたま喋ったっぽく聞こえただけ。



 例え犬だろうが暗い夜道に一人でないのは心強い。


「おや、こんな夜更けに奇遇ですな。お散歩で?」

「ええ、まぁ。夜食を買いに行くついでですが」


 一人じゃないからコンビニまでにある数少ない街灯が照らす道で急にヒトと会っても返事を返すことができる。


「私も似たようなものですが、逃げられてしまいましてな。私によく似ているのですが見かけませんでしたかな?」

「いえ、すれ違ったのは貴方が最初なので」

「そうですか。今日は月のない新月ですからな、お気を付けて」

「ええ、そちらこそ」


 間隔の離れた街灯の明かりを目印にコンビニの在る方角へ進む。

 近いからと懐中電灯を持ってこなかったのは失敗だったかもしれない。


 再び街灯が照らす所に差し掛かると突如飼い犬が吠え出した。


「お、おいどうした。近所迷惑……てなるほど家は無いけどやめろって」


 犬は一向に鳴き止まない。

 犬が吠える先の暗闇から人影が近づいて来る。


「おや、こんな夜更けに奇遇ですな。お散歩で?」


 ついさっきすれ違ったヒトと同じ声で一言一句違わない言葉で話しかけられた。


「……ええ、カップラーメンを買いに行くついでに」


「いいですな。赤と青の細い麵、脂も塩気もありそうで」


 犬の吠え方が一層激しくなる。

 だが目の前のヒトは犬には目もくれず、ジッとこちらを見ていた。





「実に美味しそうだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

背徳の代償 真偽ゆらり @Silvanote

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ