ホムラの日とホムラの未来とホムラを振り返る過去

早起き三文

第1話「2023/2/15[破滅の日]」

 ゴゥウ、アァ……!!


 炎に、悪意に包まれた、災厄の街。


「……ハァ!!」


 その煉獄の街の中、どこにでもある「普通の制服」にその身を包ませた、彼女の剣は。


 ザォン!!


 たやすく、腐りきった肉体を持つ、その異形を切り裂く。


――ピォ、コゥン、ピォ……――


 焼ける空気の中で、壊れた道路標識が、赤い「止まれ」を点灯させたまま、ひたすら警告を促すなかで、彼女はその刀を。


「……これで!!」


 焔に包まれた、刀を再度また。


 カァ!!


「五匹め!!」


 不定形の醜い、ヘドロの悪臭を溶けかかった躯から漂わせている「小人」に振るい、その炎刀の深紅をもってして、完全に溶解させる。


「この程度なら、何とか!!」


 焔の刀「カグツチ」による剣圧、いくらレプリカの霊刀とはいえ、低級の使役怪異程度なら、即座に切り裂く事が出き、そして。


 ジャアァ……!!


 その腐敗した亡骸は、とどめとして、彼女の刀身から立ち昇る紅い焔によって、この世から浄化される。


「……あと、三匹だけど、だけど!!」


 だが、彼女の剣士としての実力は、決して高いとは言えない。


「……やはり!!」


 このような、低級怪異であれば、剣の力に頼って何とかは、なる。


 ……ヌゥ


「……いたわ、ね」


 だが。


「……やはり、統率する怪異がいた」


 そう、この目前に、ゆらりとそびえ立った巨体躯。


――グゥウ……!!――


 鬼、低くうなり声を上げる、漆黒の肌をし、そして上位の怪異である証し。


 キィ、ン……


 鬼の「角」を、昏い紫色をした瘴気に包ませている、この巨漢に対しては、刃を交えるまでもなく、身体的な力が及ばない事が想像でき、そして。


「……カグツチ!!」


 未熟、年齢的には、単なる女子高校生である彼女は。


「……ハァ!!」


 ガァウ、ン!!


 それに見合った体力しかない彼女、所詮はその乙女の腕力では、この鬼の。


 キィ、ン!!


「……クゥ!!」


 金棒、彼女のカグツチ・コピーと同じく、現代冶金術の髄を凝らして作られた、タングステン・霊鍛カーボンの「鬼の金棒」が一振りに、交えた炎刀。


 ガァ、ン……!!


 刀が、彼女の細い身体もろとも、刀身の炎もろとも、強く跳ね飛ばされる。


「……やはり」


 そして煤けた、焼けた埃や石くれにまみれたアスファルトの道に、強く尻餅を付いた彼女は。


 ――……ハァ!!――


 即座に身を起こし、一つ息を吐いた後。


「……ここは、後退するべき!?」


 その艶やかな、長き。


 サァ、ア……!!


 長き黒髪を、刀からの焔によって輝かせつつ、彼女は。


 カッ……


 ローファーの足を鳴らし、軽く歯をくいしばりつつ、この「鬼」との間合いを、僅かに。


――……神楽――

――……!?――


 心持ちに拡げた、その時。


――神楽、聴こえるか?――

――……ハッ――


 通信、ジャミングによって不明瞭ではあるが、霊波通信による「上官」からの声を。


――撤退だ――


 己の、その耳に入れる。


――撤退しろ、主力はすでに、この街を見捨てた――

――……はい――


 悔しくはない。この命令を受けるまでもなく、どのみち、彼女の力ではこの鬼、上位の怪異には勝てない。


「……焔よ」


 そして彼女は、目前の強い妖気を漂わせ、汚物の腐敗臭をプンとその、黒い筋肉質の肉体から発散させている。


 サァ……


 この上位怪異、オニから逃れる為に。


「……翼よ!!」


 アァ、ア!!


 赤い翼を、火の羽根をその背から拡げて。


――グゥウア!!――


 タングステン金棒を振って威嚇する「鬼」を無視し、そのまま勢い良く。


 バゥウ、ン!!


 空中に、夜の空へと、火の粉を舞わせつつ、退散する。


「……」


 かなりの速度で、冷たい夜空を低空飛翔する、彼女の目下。


 ズゥ……


 そこには、異界の門が開かれた事による魔物、怪異のそれによって、破壊の限りを尽くされた。


 ガァア、バァウ……!!


 地獄と化した、灼熱の火焔に覆われた、平和な日常。


「……あの、ハンバーガーショップのクーポンも」


 街が、ビルが、住宅街が、大量の煤と黒い煙、悲鳴を上げつつ、燃えている。


「……もう、使えないね」


 その、火焔地獄とは対照的な、美しい。


 サァウ……


 澄んだ光を放つ満月、その澄んだ空気の夜空に浮かぶ、澄んだ瞳を持つ少女。


「……せっかく、ここに」


 地獄の釜の上で、舞う。


 ザァウ、ア……


 焔の翼を羽ばたかせ、力強く翔ぶ。


「この街に、転校してきたばかりなのに」


 その手に刀を携えた、炎の化身たる。


「……ね」


 少女。




////////////////




「何か」


 雲一つ無い、青空が覆う、良く晴れた昼下がり。


 ピチィ、チィ……


 小鳥のさえずりが聴こえる、学校屋上。


「面白い事」


 その屋上のフェンスにもたれつつ、ぼやく。


「ないかなぁ……?」


 一人の、その少年の。


「……あーあ」


 思春期ならではの、願望は。


「つまらない、なぁ……」


 その日の。


「……あーあ、異世界とかに」


 夜に。


「転生、出来ないかなぁ?」




////////////////




 ゴゥウ、アァ……!!


「……母さん!!」


 闇夜の中、燃え盛る焔の中で。


「沙耶、コタローォ!!」


 叶えられた。


――あれ、は……?――


 火の粉、見通せない煙、焼き付く熱気、この世の終焉。


――火を纏った、女の子?――


 その灼熱地獄、崩壊した世界の中心で。


――……もしかして――


 彼は、火の羽根を、その背中から。


 サァ、ン……


 暗い空から注がれる満月の光、その中で撒き散らされる焔の欠片、彼の通う学校の女子制服を纏った。


――あの、子が……――


 黒髪の、刀を携えた、紅い羽根によって飛翔する、少女。


――あれが!!――


 灼熱の地の底に這いつくばる、彼に見向きもしないその火の人、煤けた気配を空に浮かばせる、一人の。


――彼女が、僕の!!――


 乙女。


――家族、をォ!!――


 焔の、悪魔。


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