マルとグレイ
福守りん
マルとグレイ
「マル。もう朝だぞ」
「うにゃー……」
「寝おきがわるいよな」
うすく目をあけた。
グレイの顔が、目の前に、どーんとあった。
「ちかいにゃ」
もっと近づいてきて、チューをされた。
「ねむい?」
「ねむいにゃ」
「しょうがないな……。おやすみ」
次に起きた時には、しっかり目がさめていた。
「おきたにゃ。おはようにゃ」
「おはよう。みっちゃんが、飯を持ってきてくれたぞ」
「うれしいにゃあ」
あおむけになっていた体を、よいしょと起こした。
「長老ー。おはようにゃ」
大きなさくらの木にむかって、いつものようにあいさつをした。
ここは、長老のお墓だ。
この公園のぬしだった長老は、一年ちょっと前に、ひっそりと亡くなった。
今は、おれとグレイと、たまに姿を見せる兄弟だけが暮らしてる。
長老の体は、長老が亡くなってすぐに、みっちゃんがひきとっていった。そのあとで、どうなったのか、おれはしらない。
どうやら、この木の下に、うまってるわけじゃないらしい。
でも、とにかく、みっちゃんが「ここが、お墓よ」と教えてくれたので、おれは、ここに長老がいるんだなーと思ってる。
「俺は、見まわりに行くから」
「おれも?」
「お前はいいよ。夕方には、帰ってくる」
「はいにゃ」
グレイがでかけていってしまったので、ひまになってしまった。
公園の中をうろうろしてるのにも、すぐにあきてしまったので、昼寝をした。
暗くなってきたころに、グレイが帰ってきた。
「おかえりにゃ」
「ただいま」
「なにか、あったにゃ?」
「なにも。平和なもんだよ」
グレイは、つまらなそうだった。
おれたちのなわばりと、となりのなわばりが戦争をしたこともあった。
ずっと前のことだ。今となっては、遠い昔の話のような気がする……。
「いいことにゃ」
「……そうだな」
夜になった。
「散歩に行こう」
「えー?」
「なんだ。『えー?』って」
「今日は、さぼるにゃ……」
「なに言ってるんだ。行くぞ」
おれのだんなさんは、あんまり、おれに甘くない。
「はいにゃ……」
「具合がわるいのか?」
「ううん」
「なんだ。じゃあ、行こう」
いつもの散歩道を、ふたりで歩いていった。
まっくらな空には、星が浮かんでいる。
道の両側には、街のあかりが、点々とともっている。
きもちのいい風が、おれのひげをなでていった。
車が横ぎった。
「だれか、いるにゃ」
「スフィンクスだな」
「ほんと?」
「そうだよ。歩き方で、わかる」
グレイの言うとおりだった。
次のあかりの下に、しずしずと現れたのは、スフィンクスだった。となりのなわばりのボスだ。
「イチ、ニイ、サンもいるにゃ」
黒猫の三兄弟は、スフィンクスの後ろを歩いていた。スフィンクスを守ってるみたいに見えた。
となりのなわばりと交流するようになって、おたがいの名前を知るようになっても、スフィンクスは、スフィンクスのままだ。
スフィンクスの本当の名前を知るのは、いずれ、スフィンクスの奥さんになる猫だけなのかもしれない。グレイが、おれに、本当の名前を教えてくれたみたいに……。「ここに」
スフィンクスが言った。
イチが、頭を下げて、かがんだ。
地面の上に、なにかを落とすのが見えた。
はじめは、なんなのか、わからなかった。
もぞもぞと動いてて、とても小さい。ネズミ?
近づいていったら、わかった。
「赤ちゃんにゃー!」
それも、マンチカンの!
とてもかわいい。まだ、目があいてない。
ぬいぐるみじゃない。ちゃんと、生きて、動いてる。
「かわいいにゃあー……」
「歩道橋のわきに、捨てられていた。
他にも二匹いたが、生きていたのは、この赤子だけ」
「あぁー……」
「そなたらの子にするといい」
「えーっ!」
「はあ?」
「どうしてにゃ?」
「わたしたちには、とうてい育てられない。
マルには、頼れる人間たちがいるから」
みっちゃんのことだろう。
おれは、赤ちゃんに、そっと前足でふれた。びくっとされてしまった。
「おれは、マルにゃ。おかあさんですよー」
「自分を『おれ』って言うの、そろそろ、どうにかしたほうがいいぞ」
イチが、あきれたように言った。
ふと、グレイを見た。しぶい顔をしていた。
「預かってもらえるだろうか?」
「もちろんにゃ!」
「わたしたちも、できるかぎり、手助けはする。
よろしく頼む」
「わかったにゃ。ありがとにゃー」
「では」
スフィンクスは、あっさりと去っていった。
「またな。マル」
黒猫の三兄弟も、ついて行ってしまった。
「どうするんだ。お前は、お乳もでないんだぞ」
グレイが、とほうにくれたように言った。
「だいじょうぶにゃ!」
「いや、大丈夫じゃないだろ……」
「みっちゃんが、なんとかしてくれるにゃ!」
「あー……」
グレイが、うめくような声をあげた。
「そうだろうな。みっちゃんなら、たいていのことは、なんとかしてくれるだろうな」
赤ちゃんを口にくわえると、グレイが歩きだした。
おれも、グレイのあとを追った。
わくわくしていた。
こうして、ちいさな赤ちゃんは、おれたちの子になった。
やったー!
おれたちの、赤ちゃんにゃー!
うれしいにゃあ……。
マルとグレイ 福守りん @fuku_rin
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