二日目(夜)

 私たちは扉を前に、決を取った。

 決の内容はもちろん、この奥へ進むか、それとも無視するかだ。


 しかし決をとるのは慎重に行わないといけない。

 冒険者同士は、お互いを心から信用しているわけではない。


 不信の芽というものは、一度生まれれば、彼の一挙一投を糧として成長する。


 なので私は、人足のイルーゾも含めて、目隠し投票を行うことにした。

 同じような形の石ころを拾い、投票方法を説明する。


 そう難しいルールではない。


 まず、袋に詰めた石を、手のうちに隠した状態で拾ってもらう。

 そして次に、皆で背を向け、石に意思表示のための目印を書いてもらう。


 炭で横一本の印をつければ、「行く」

 十字に印をつけていれば、「行かない」


 そして、石が見えないように、私が手に持った袋に入れてもらう。

 ルールはこれだけだ。


 この投票のルールは、あいつが言った、こいつが言ったとかいう揚げ足取りや、意見を無視されたという不信感を産まないようにするためのものだ。


 意見が通らなかったから、こいつは真面目にやっていない。

 そういう先入観が生まれると、次第にパーティの中に亀裂が生まれる。


 パーティを組んだのが一日限りで、街の仕事ならこんなことはしない。

 しかし、この山の中でつまらぬことで不信感が生まれると、全員の命に関わる。


 こんな山の中で、そんな事態だけは避けたかった。

 そのため、誰が意見を出したのか? それを全くわからないようにした。



 ほどなくして、投票が終わった。

 私は袋の中身を床に広げ、投票内容を確認する。


 一本線は4つ。

 二本線は3つとなった。


 投票の結果は、「行く」が優勢となった。


 なるほど、こうなったか。

 私は「行く」に入れた。ヴァン達は揃って「行く」に入れたのだろうか?


 人足のイルーゾが「行く」に入れたとは思えない。

 そう考えるのが、妥当な線だろう。


 しかしこれから夜になる。探索は明日にするべきだろう。

 私は投票の結果を受け入れる意思を示すと、パーティに野営を指示する。


「みなの意見はわかった。しかしすでに結構な体力を使っている。ここは野営して英気を養い、探索は明日にしようと思う」


「それでかまわんぜ」


 声を発したのは、剣士のヴァンだ。

 彼が柔らかい調子で声を発するのを聞いたのは、これが初めてかもしてない。


「レックス、俺から質問があるんだが、いいか?」

「なんだ? いってみろクルツ」


 偵察員のクルツは、体の前で腕を組み、すこし神経質に見える。

 彼の質問は、しごくもっともなものだった。


「あんたが受けた依頼の内容についてだが、『セレスティア岳のドワーフの遺跡、その入口の発見とルートの確保』でいいんだよな?」


「そうだ。それで間違いない」


「ということは、この扉の先が、ドワーフの遺跡とやらにつながっているのが確認できたら、依頼の成功。オレたちは冒険を達成したということだな?」


「ああ、その認識で良い」


「ふぅむ。この扉がドワーフが遺した物なのはわかりきっている。ここで帰っても問題はないはずでは? なぜ潜る必要がある?」


「そうはいうがなクルツ。崩落で通路が寸断されていたり、ここがドワーフの遺跡の本体でなく、ただの山小屋だったらどうする?」


「……言い換えよう。要塞の中には、何がある? 何を持って『遺跡』とする? 山小屋でも遺跡は遺跡だろう? 何を探している?」


 私はすでに、クルツに本当の目的を見透かされている気がした。

 あまり隠し立てしても、彼の不信感を煽る。


 しかし、ここできんがどうのこうの言っても、それには保証すらない。

 私はすっかり弱ってしまった。


 だがこういうときこそ、口からでまかせを出すのが私はうまい。

 例えばこんな風に――。


「……ドワーフの遺跡には、金属を精錬したり、加工するための道具や炉があるはずだ。ススラフの村長は、丘に降りて麦を育て、牛に水を飲ませているが、かつてドフ―フがしていた生活を夢見ているのだろうさ」


「なるほど、俺達にとっちゃ大した値打ちがないものに命を張らせる。だから黙っていたと? レックス、おまえがそんな人格者だったとは知らなかった」


「恩を売っておけば、後々になってクロスボウの一台か、剣の一本でも、呉れるかもしれないだろう」


「先祖の山を降り、百姓をしている連中に、真っ直ぐな剣が作れるとは思えんが……まあ、そういうことにしておこう」


「なあクルツ、俺も名剣をもらえるとは思ってはおらんよ。何か金目のものが拾えれば良い。それくらいのものだ」


「夢を見たかと思えば、急に現実を見たり、お前は忙しいやつだな」


「気移りが激しいもんでね。だからこそ冒険者なんかやってる」


「ああ。それには俺も心当たりがあるぞ、レックス。……なんにせよ、野営の準備の手を止めさせてわるかった」


「気にするな。胸に抱えたままにするよりはずっと良い」


「ああ」とそっけない返事をして、クルツは荷をほどき始める。


 私も荷物をおろし、灰色の石の床に寝床を用意する。

 しかし石の床は固く、冷たい。


 ここに寝ると、確実に背中を痛めそうだ。

 英気を養うと入ったが、とても休むどころではないな。


 甲冑をシーツにしたって、まだそっちのほうが柔らかいだろう。

 いったん横になってみるが、柔軟性の欠片もない石の寝床は、頭や肘、膝の一点に体重荷重がかかって、とても痛い。


 その夜は最悪だった。


 串に刺され、くるくると回される豚の丸焼きのように、私は頻繁に寝返りを打つ羽目になった。仰向けになると後頭部が痛くなり、横をむくと耳が押しつぶされて痛くなる。全くひどいものだ。


 石の寝床では、体全身に苦痛を分散させる努力が必要だった。今になって思えば、あれは眠ったのではなく、痛みによって、気絶したのではないだろうか。


 あの冷たく硬い寝床を経験すれば、どんな安宿でも安眠できるだろう。

 その為だけに経験する価値はあるかもしれない。


 だがひとこと言っておくと、お勧めはしない。

 背中をひどく痛め、次の日は老人のようにして起き上がるハメになる。


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