深夜の職質

櫻木 柳水

読切『深夜の職質』

「そこの君、ちょっと止まって」

ウォーキングしていると呼び止められた。声のする方へ振り返ると、警察官がパトカーから顔を出していた。

うわぁ、職質だ…

「なんですか、職質ですか?」

と尋ねた。すると助手席の警察官が飛び出してきた。

「貴様今なんと言った!」すごい剣幕だ。

「はぁ?!いや、『なんですか、職質ですか』って言いましたけど!?」警察官は銃に手をかけそうな勢いで俺に向かってきた。

「『パンですか、食の質ですか』と本官をバカにしたな!」

「言ってねぇよ!なんでそんなとち狂ったこと聞かなきゃいけないんですか!普通に『なんですか、職質ですか』って聞きましたよ!」

「ええ、ほんとぉ?」

俺の言葉に警察官は我に返り、落ち着きを取り戻した。

「聞き間違い無理やりすぎないか?」

「それは失礼致しました。すみませんが、少しお時間よろしいですか?カバンの中身、見せてもらっても?」

「あぁ、はい。いいですよ。」とカバンを差し出す。


警察官は少しカバンを見て、

「すいません、これなんですか?」

とまだ袋に入った、配管用のパテを出した。

「あぁ、配管用のパテですね」

またも警察官は銃を構えながら叫んだ。

「貴様ぁ、よく平気な顔で『快感用のパケ』なんて言えるな!俺にもよこせ!」目が血走っている。

「やめろやめろぉ!何言ってんのあんた!俺の家のエアコンの配管埋めるのに買ったパテですよ!パ・テ!」

警察官はパテと俺の顔を何度も見て、我に返った。

「あ、ほんとだぁ…失礼しました…」


訳の分からない聞き間違いにイライラしてきた俺は

「あのさ、何なんだよさっきからさ。何もしてないのに銃向けられる身にもなってみろよ!」

強い口調で苦情を言うと

「あ、じゃ、はい」と銃を渡そうとしてきた。

「危ねぇな!こっち向けんな!」

警察官はポカンとしている。

「なんで渡そうとしてんだよ、銃をよ!」

「銃向けられた身になってみようかなって」

「そういうこと言ってんじゃないんだよ!さてはあんた馬鹿だな?あんた馬鹿なんだな!?」


「警察官に向かって馬鹿とはなんだぁ!あぁん!」

持っていた銃を構えて、どんどん近づいてくる。

「それはちゃんと聞こえてるんだ…いや、すいませんすいません、つい口がすべっちゃって…」

「気をつけてくださいよ…ん?」


銃をしまってから、カバンの中をもう一度見た。すると、入れっぱなしだったキーホルダーが出てきた。

「あぁ、会社の鍵とか、家とか車のですよ。」

「あ、いい車乗ってるねぇ…あれこの鍵は?」

「会社です」

「これは」

「家です」

「これは?」

「二丁目の田中さんの金庫の鍵です」

「え?」警察官は驚いていた。

「え?」俺は何に驚いたか分からない。

「え?」

「え、あ!」

警察官がもう一度驚いた顔をした所で、俺は気がついた。

「はい逮捕ね」

「あぁ…」

やってしまった。


「いやぁ、ここ最近空き巣被害が出ててね。おまえだっていうのは分かってたんだ!いやぁ、バカを演じるのも苦労したぁ。じゃ、署まで来てもらおうか」

手錠をかけられ、車に乗せられた。

「くそぉ…こんなところで捕まるとは…しゃあない

お縄につくしかないか…」

「え、嘘マジで!?」

警察官が物凄く喜んでいる。

「何、どうしたんですか」

「今、沖縄に着く、って言わなかった!?」

「やっぱただのバカじゃねぇか!」

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深夜の職質 櫻木 柳水 @jute-nkjm

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