家出した僕

@RE7

第1話 家出とお姉さん

コンクリートを何度踏んだことか。


足は冷えきっていて1日中飲み食いしていない。


気力がほとんどなく俺は暗い夜道を闊歩した。


「ダメかも、もう限界...」


既に意識は朦朧としていた。付近にあった電柱の下に座り込み、気が付くと視界が真っ黒だった。




「おはよう」


 女性の声と共に艶やかな赤色をした髪の毛が視界に入ってきた。


この状況がよくわからない。


「君、電柱にもたれて倒れてたよ」

「そうなんすか...」

「家出かな?」


 胸がドキッとした。予想外にも当てられてしまった。


「はい」

「そっか」


 少し気味が悪かった。意外とこういうのって驚かない人多いんか...


「これ、食べて」

「ありがとうございます」

 

 コンビニの袋だった。中にはおにぎりと600mLのお茶とデザートだった。


心がポカポカと暖まったような感覚を覚えた。


すぐさま開け、2分も掛からず平らげた。


「美味しかった?」

 

 なんだろう、少し支配された感じの笑みだけど

声に少し優しさを感じた。

 

「はい!めっちゃ美味しかったです!」

「ふふ...良い子...」

「え?」

 

 唐突の言葉に驚いた。


良い子?俺をまるで下に見ているかのような発言だった。


まぁ、でも実際飯とか与えて貰ってるから当然ではあるよな。


「あ、そういえば一応鞄あってこの中に制服とか色々あるんで。さすがに...学校には行かないとまずいんで」

「そうだよね」

「...はい」

「じゃあ、私が洗濯や準備はしてあげる」

「え、いや、自分で...」

「私が洗濯や準備はしてあげる」

「あ、はい...ありがとうございます」

 

 終始落ち着いた声だった。


俺の意見を聞かず無理やり事が進んだ。俺は少し違和感を覚えながらも感謝はしていた。


「そろそろ寝よっか」

「はい!」


 時計を見ると時刻は11時30分を過ぎていた。


「名前、教えてくれる?」

「えっと、佐藤 ゆうです」

「ゆーくん、おいで」

 

 鼓動がどんどん早まってゆく。本能を掻き乱されるのを感じた。


「...一人で寝れます」

「おいで、ゆーくん」

「だから...一人で」

「お年頃だもんね、じゃあ寝よっか」

 一つのベッドを共有するのは俺には刺激的だった。



-ピピピピッ、ピピピピッ


 目覚まし時計が鳴り響き、俺は目を覚ます。すると、俺の鞄に何もかも準備してくれていたあの人の姿。

「おはようゆーくん。ちゃんと起きれて偉いね」

「おはようごさいます、これくらいはできますよ」

「学校終わったらすぐに帰ってくるんだよ」

「はい、わかりました...」

「携帯に私の連絡先登録しておいたから、遅かったら掛けるからすぐ出てね」

「...はい」


 やっぱり何かがおかしい。


赤の他人を家に泊めるのも引っ掛かるけど、普通ここまでするだろうか。


「あ、そろそろ行ってきます!」

「うん、行ってらっしゃい」






「ゆう、今日の帰りレストランで食って帰らね?」

「あー...今日はごめん、早く帰らないとだ」

「まじかー、それは仕方ない。また誘うから次は来いよ~」

「わかった、悪いな」

「おう、またの機会ってことで」

 

 

学校の昼休み。俺は田中からの誘いを断ってしまった。

もし遅れたら家に入れて貰えない事を考えたら良い判断だったかもしれない。


「あ、あの、ゆうくん」

「ん?」

 

 同じクラスの牧野さん。

少し地味系だが顔は整っていて、一部の男子からはかわいいとうわさが立っている。


「今日、一緒に帰りたい...な、」

 帰るだけなら...

「うん、いいよ」

「いいの、?やった!」

 純粋無垢な笑顔。不覚にも可愛いと思ってしまった。これが男子から人気の理由なんだろうな。

「学校終わったら私門の前で待ってるね!」

「おう!」

 これが青春ってやつか。





 -キーンコーンカーンコーン

 教室に鳴り響くチャイムは授業の始まりを告げた。

「はーい、今日の保険の授業は心についてです。皆さん、誰かに好意を持ったりという経験は高校生なら幾多とあるでしょう」

「せんせー、今日は彼女の作り方すかー?」

「違います」

 

 クラスのヤンキーグループが騒がしくなる。

とは言うものの、俺も少し興味深いなと思った。


「今日は、心理的依存についてです」

「え、なにそれ...」

 

 ヤンキー達が急にピタッと静かになった。


「おい、佐藤。なんか今日の内容やばくね?」

「うん、いつもと違う感じだよな。危険な内容っぽい...」


 クラスの生徒らが少し違和感を覚え始める。


「さて皆さん、恋愛というものは全て綺麗な物だと思っていませんか?例えば、青春だの胸キュンだのその他諸々」

 

 誰も声をあげることができなかった。さっきのヤンキー達の表情が段々と神妙になってきた。


「この世には危険な恋心があります。例えば、ニュースで見るような殺人。その中には動機が恋心によるものだと目にすることも多々あるでしょう。他には精神的依存。相手と決別してしまい自殺、生活習慣の乱れ。このように恋愛には様々な危険因子が蔓延っています」


 誰一人として先生の話を聞いていない生徒はおらず、全員が興味津々だ。そしてこの空気感は凄まじいものだった。


「そこで今日知っておいて欲しいのは人に依存してはいけませんってことですね。仮に依存状態で恋人を失えば、人生の分岐点になることもあります」

「お、おい、なんなんだよこの話」

 

 ヤンキー達も次第に怯え始めた。


「つまりは、皆さん。恋愛には程ほどにってことですよ」

 

 先生のにこっとした笑顔にどこか恐怖を感じた。


 少し暖かい風が俺と牧野さんに温もりを感じさせてくれた。


牧野さんが緊張していたのがわかった。手は少しぷるぷると震えていた。


「牧野さん、大丈夫?」

「はい...」

「俺さ、女の子と二人きりで帰るの初めてだから緊張してる」

「私もです...」

 

 そう言いながら俯く姿が可愛かった。


「お互い初めだな」

「はい。ゆうくん、ゆうくんってどこに住んでるんですか?」

「あー...」

 

 家出して女の人の家に泊めてもらってるっていうのも酷だよな...


「えっと、姉ちゃんの家だよ」

「そうなんですね、どの辺なんですか?」

「そこにあるアパート」

「わぁ、いいですね。仲良しなの素敵です!」

「おう」

 

 さすがに年の離れた姉って言えばバレないけど、本人に会わしたらまずい。


「行ってもいいですか...?」

「今日はダメかも...ごめん」

「あ、いえいえ!また都合のいい時にでもって感じですから!」

「ほんとごめん!」

-ブー、ブー、ブー

「えと、電話きたから帰るわ!また会お」

「あ、はい...また会いましょう、!」

 申し訳ない気持ちと焦りでいっぱいだった。


「はい、もしもし」

「ゆーくん、早く帰ってきなさい」

「今から帰るから待ってて!」

「出るの遅かったね、何してたの...」

「あ、友達と話してた!」

「早く帰ってきなさい」

「わかった...」

ガチャ...


「気のせいだよな...」

 

 声からは怒りを孕んでいたように聞こる。


門限過ぎたからか、俺が女子と話してただけだからか。


俺が女子といたのを見られたらわけないしな。


まぁ、とりあえず帰るか。




「ただいま」

「おかえりなさい、少し遅かったですね」

「学校のホームルームがあって遅れました」

「そっか、学校お疲れ様」

「ありがとうございます...」

 

 優しく頭を撫でられた。

そもそも女性と触れあったことがなかったので動揺せざるを得ない。


「抱きしめてあげる」

 

 そっと俺を包み込む。感触がとても柔らかく感動しそうになる程だった。


「俺、こういうの初めてなんですよ...」

「そうなんだ」

「はい...ふわふわします」

「かわいい...」

「っ...」


 溶けたかと思えた。口先に経験したことのない感触があった。


「んっ...、初めてのキス、どう?」

「凄い、柔らかいです」

「私以外とのキス、」

 

 途端に床は冷え、北風が俺に吹いたかのようだった。

 

「したらー...」

 

 きっと俺だけがこの北風を感じていた。


「お仕置きだから。ゆーくんは良い子だから約束できるでしょ?」


 妖艶な声が俺の理性を破壊し、自らの分際を忘れそうになる程だった。


「はぁい、できます...」

「良い子ね。目がとろんってしちゃってるね」


 自分が何を言ったのか思い出せないくらいに頭がふわふわとしていた。


「ゆーくん、次は何て言うの?」

「首にも、印、ください...」

「ん、良い子になってきたね。してあげる」

「んっ...」

「ぁ...」

「んっ、付いた」

「ありがとう、ございます」

「偉いねゆーくん。忠実になってきた...」


 ダメだ、頭がふわふわする。自分の意思で行動できない。


「明日も学校だね」

「そうですね」

「寂しい?」


 何に対してだろう。一瞬考えたが急に頭に出てきた。


「ご主...」

「ん?ちゃんと言ってごらん?」


 意識がないかのように俺の頭の中は空っぽだ。


「ご主人様から離れるの...寂しいです」


 わからない、何が本音か自分でも混同しきってわからなくなった。


「ゆーくんをずっと養ってあげる。ずっとここに居れば安泰は確立される。他の女は皆悪い子だから近づいちゃダメよ?」

「うん、わかった」

「忠実な子は大好きよ。はいこれ」

「え...」


 首輪だった。


「どうしたの?嬉しいの?」

「うんっ、嬉しい!」

「かわいいね、首輪よく似合ってる」

「ありがとう」

「これ、外せないからね」

「え、どういうこと?」

「そのままの意味」


 これが支配なのだろう。もしかしたら、これが心理的依存...という状態に該当するんだろうか。


「んっ...、」

「っ....、ぁ」

「ねぇ...」

「はい、」

「私、ゆーくんとずっといたいな」

「家出した人をずっとって法律的に...」


 女性の目は何かの記憶を回想しているかのようだった。


「ダメってのはわかってる。また寂しい思いは私嫌だなぁ...」

「あの、」

「ゆーくん、私とずっと居てくれる?」

「はい」

「良い子は私大好きよ」


 そう言うと俺の手を優しく握った。


「ゆーくん、君もきっと辛い思いとかやりきれないコンプレックス...抱えてきたんでしょ」

「...俺、眠たいんで今日は寝ます」

「まだ言えないよね、もっと仲良くなってから聞くね」


 目からは悲しさを感じ取れた。


「あの、名前は...」

「私、怜奈。好きに私のこと呼んでね」

「わかりました」

「そろそろ寝る?」

「はい、今日は疲れました」

「初めてしたもんね。じゃあ寝よっか。おいで?」

「れいなさん...」


 俺は自ら抱きしめた。きっと、俺は自らの意思で抱きしめた。


「良い子になったね、ゆーくん」

「はい、良い子になれました」

「んっ...、かわいい私のゆーくん、」

「っ、れいなさん、」

「ゆーくんは私が守るから」

「んっー...、」

「あれ、寝ちゃった。寝顔もかわいいな。おやすみなさい、私のゆーくん」





 目が覚めると、二枚の写真を見つめるれいなさんの姿があった。


「おはようございます」

「あ、ゆーくん。おはよう」

「それ、何の写真ですか?」


 れいなさんの目は虚ろだった。


「この子ね、私の愛犬だったの」

「ってことは...」

「あ、そろそろ学校の時間じゃないの?」

「あ、やっべ!」


 時計を見ると朝礼まで残り30分だった。


「んっ...、学校頑張ってね」

「っ...ぁ、あ、ありがとうございます。やる気出ました!」

「ふふ、かわいい...今日私用事あるから帰り遅くなりそうかも。遅いけど、良い子にしてて?」

「わかりました。待ってます!じゃあ、行ってきます!」


 頬は熱を持ち顔全体は火照っていた。


「あぁ、ぼーっとする...」

 

 外の風は俺を歓迎しているような暖かさだった。なんだろこの変なぞくぞくーってくる感覚...。


「自分でもわかんないや」

「何がだ?」

「うわ!」

「うわ、とか言うな。なぁ佐藤、今日変じゃね?」

「変...?」

「おう。お前まさか、恋してたり!」


-え、佐藤恋!?

-いいなぁ

-これスクープでありますなぁ、ヌフフフ

-そうですぞ斎藤殿。スクープであります!


「おい田中。これどうするんだよ」

「事実を公にしたまでだ」

「はぁ、自分でもよくわかんねぇよ...」

「相手は誰なんだ?」

「教えるわけねぇだろ」

「この学校のやつか?」

「それも秘密」

「ということは後ろめたさがある。つまりはこの学校だな?」

「なんでそうなる」

「聞かないでやるよ。佐藤の顔段々深刻なってきてっから」


 最初からそうやって諦めて欲しいものだ。


「そういや、今日の放課後学校で集会あるらしいぞ」

「誰から聞いた?」

「今日職員室に用があってその時に聞いた」

「何話すんだろ」

「わかんねぇ。あ、最近噂されてる‘あれ’じゃね?」


 何やらまことしやかに噂されていることがあるらしい。


「あれって...?」

「この辺であった事件のこと」

「ふーん」

「興味なさそうにしてるけど、内容知らないんか?」

「知らないな」

「高校2年生の男子失踪事件だよ。身元の特定が難航してるってよ」

「へぇー...」

「佐藤何か知ってる?」

「聞いたことないな。でも、心配だな」

「そうだよなぁ、なんたって俺らと同い年だし」


 まさかそれって...


「あ、そろそろ5時間目始まる」

「ほんとだ」

「次体育だぞ、バスケらしいからモテチャンスだ。がんばろうな一緒に」

「俺もかよ...」

「やっぱ一途はちげぇわ」

「おい」


 バスケでモテチャンスとか中学生かよ。イケメンは考えることちげぇな。




-キーンコーンカーンコーン


 廊下は教師同士がこそこそと話し合っていて神妙な空気に包まれていた。


「もし今回の件...うちの生徒だったら対応は...」

「そんなわけないですよ、うちの生徒あんなことするはず、」

「校長にはどう説明しようか」


 いつもと違う教師達の顔色を見ると自然に身構えてしまった。


「おい、どうした佐藤。まさか心当たりあったり?」

「いや、先生達の挙動見てたら緊張するだろ」

「まぁ、確かに。学年主任ですらあんな顔だもんな」


 明らかに明確なのは特段にやばい‘異常事態’だということだけだった。


「生徒の皆さん。本日は体育館にお集まり頂きましたが、なぜだかわからない生徒が大勢だと思われます」


 体育館にどよめきが走った。生徒各々が周囲と話し合い不審者だの休校だの様々な憶測が飛び交う。


「やっぱり休校じゃね?」

「まじ!?ラッキー」

「休校だったらゲームし放題」

「皆さん、よく聞いてください。今からするお話は決して皆さんのことを疑った前提のお話ではないということです」


 この瞬間、生徒達の談笑が止まった。事の深刻さを受け入れたらしい。俺もすっかり身構えていた。


「ここ数日、付近で生徒が失踪したらしい」

「え...」


 俺のこと...だよな。


「その情報が確かではないものの、何人かの大人が目撃しているとの事だ。うちの生徒達には是非、夜道を一人の生徒を見たりしたら声を掛けてやってくれ。年齢は皆さんと同じ17歳とのことだ」


 なんで年齢まで...あ、そっか。俺の親が捜索届け出したってことか。

生徒達のざわつきが痛い程聞こえた。



「ただいま」

「おかえりゆーくん」

「今日の夜ご飯なんですか?」

「今日は素麺かな」

「わかりました」


 人生ってなんなんだ。自分の不得意なフィールドから離れようとすれば大人が元に戻す。


「今日学校で何かあった?大丈夫?」

「何も」

「その顔見たらわかるよ。言ってごらん?」

「俺の事について放課後言及されました」

「そっか、それは怖かったね」

「はい...」

「おいでゆーくん。良いこと教えてあげる」

「良いこと?」


 きつく俺を抱きしめてくれた。呼吸ができないと思った程だった。


「本当の愛はこの強さだよ。このくらい強く抱きしめてくれる人はね、ゆーくんのことが本当に好きな人なんだよ」

「れいなさん...」

「ねぇゆーくん。本当にゆーくんを愛してくれる人とだけ居ればいいと私は思うよ」

「本当に愛してくれる人?」

「そう。じゃないとゆーくんが辛くなっちゃう」

「それって...」


 授業で習った通りの‘心理的依存’だった。


「辛くてもその人から離れられなくなっちゃうのが愛の恐ろしい要素よ。正しい判断ができなくなっちゃう」


 れいなさんの目は虚ろで。しかし、この真理を俯瞰したかのような瞳でもあった。


「愛って言うのはね」


 その声はいつもの落ち着いた声色ではなかった。何かを惜しんでいるようにも聞こえていて。


「相手を許すのが愛じゃなくてね、互いの価値観を変え、影響を及ぼしあって相手と価値観を合わせること。そして永遠の愛を誓って忠実に相手に向き合う。これが愛なの」


 言われて気が付いた。

 前者は相手を受け入れる。だけれど後者は違う。

互い違い同士が同じ価値観を持つためにお互いに歩み寄り添い合う。


「つまりは自分を犠牲にしてまで合わせようとすること。人はこれを協力と言うの。互いが相手を許すのではなく受け入れるのでもなく、一つになる。それこそが本当の愛なんじゃないかと私は思う」

「俺も...そんな関係の方が素敵だと思います」

「世の中がわがまま過ぎるだけのこと...」


 れいなさんは窓を見つめ、溜め息を吐く。


「ねぇ、ゆーくん」

「どうしました?」

「今、好きな人いる?」

「わかんないです...」

「...というと?」

「そのー、好きっての聞いたことはあるけど感じたことないんですよね...」

「ふーん」


 本当にこの人の表情は何を考えているかわからない。すると、俺の胸に手を置いた。


「好きって気持ちはここが熱くなったりこの動きが早くなったりしたら好きって言うの」

「なら俺は...誰かを好きになったことはないです」

「へー...高校生にしては珍しいね」

「そうなんですか?」

「もちろん。今時の高校生って彼女作ったりデートしたりする時期だよ?そもそも好きって感情が湧かない人の方がと思うよ」

「なんか難しいや...それにちょっと眠たくなってきました」

「ここ...熱くなったり動きが早くなったら教えてね、ゆーくん」

「はい」


 俺はベッドに横たわった。そこからのことは覚えていない。気が付くと鳥の囀りが聞こえてきた。


「えぇ!」

「ん、おはようゆーくん」

「服、服、服着てください!」

「下着も一応服に分類されるよ?」

「っ...」


 顔が燃えたかのような感覚と頭がぷわぷわとした浮遊感で支配される。


「っ...ゆーくん、今日も学校だね」

「んっ....、はい」

「あ、今日友達と放課後夜ご飯食べて帰ろってなったんですけど...」

「そうなの?お金はいくらでも出すよ」

「え、いいんですか!」

「もちろん、必要とされるならできるとこは何でもするよ」

「ありがとうございます!」

「うん、いいよ」

「優しくて、頼りになります!」

「え...あ、ありがと」

「じゃあ行ってきますね!」

「うん。行ってらっしゃい」


 れいなさんは窓の外を見つめ、溜め息を吐いている。


「ねぇゆーくん。花火、好き?」

「俺はー、好きと言うより、魅力をもう感じなくなりました」

「ふふふ...私今ね、すっごく幸せ」

「え?幸せ?」

「うん、すっこく幸せだよ。ありがとうゆーくん」

「はい、お役に立ててよかったです。そろそろ行ってきますね」

「ありがとね、行ってらっしゃい」






「ってことだからよろしく」


 朝礼の前に田中が今日の予定を話してくれた。どうやら先輩やここの卒業生が来るらしい。


「わかった。それにしても焼肉屋かぁ。平和で良かったよ」

「飲み屋だったら色々と危険だしな」

「何人くらい来るんだ?」

「人数は4人でー、内訳は俺の姉とその友達の女性二人。せっかくの先輩だから高3になった時のこと、大学でのこととか色々聞いてみたらいいんじゃないか」

「おう、そうするよ」

「なぁ佐藤。河野先輩には気を付けろよ」

「河野先輩...?」

「男狩り得意らしいからな」

「あ...そういうことか」

「佐藤は女性との関わり少ないから特に注意しろよ。河野先輩年下好きだし」

「俺をなんだと思ってんだよ」

「実際彼女が居るにも関わらず河野先輩の誘惑に負けて悲惨な結果を招いた愚かな生徒も山程いる」

「俺はそんなやつらとは違うから」

「そっか、ならいいんだが...」

「そもそも彼女居ねぇし」

「まぁとりあえず気を付けろ」

「わかったわかった、気を付けまーす」

「はぁ、わかってんのかよ...」




「いらっしゃいませー」


 俺と田中は先に先着した。集合より5分遅れだけど誰もいないんだけどこれって普通なのか?


「あ、どうも~!」


 元気良く挨拶するのは髪の毛がボブの女性だ。親しみやすさが印象的だ。


「河野さんってあの人?」

「あの人は岸川さんだ」

「そっか。んじゃあ、その後ろ?」


 黒色の長い髪の毛が艶やかに踊っていた。白の服で合わせた大人っぽいコーデが印象的だ。


「あれは俺の姉だ」

「まだ来てねぇってこと?」

「そうみたいだな、あ、お疲れ様です先輩」

「お疲れ様田中くん、えとー、」

「あ、佐藤です」

「良い子そうな子じゃん田中~」

「私の弟のお友達皆良い子ばっかりだもんね~」

「姉ちゃん、人様の前だからもっときちんとしてくれ」

「これがきちんとしてないって頭おかしいわね~」

「くっ...イライラする」


 姉弟ってこんな感じなんだ。楽しそうだな。


「やほー!あれ、私遅れた感じ~?」

「お疲れ様です河野先輩。皆今集まったので問題ないですよ」

「あ、どうも。佐藤です」

「佐藤くんよろしく~、君可愛いねぇ」

「先輩、高校生はさすがにダメっすよ」

「わかってるって~」

「はぁ...そろそろ懲りてください」

「えぇーー、体が勝手に動くんだもーん」

「先輩、こいつだけはテイクアウトさせませんよ」

「いじわる~~」

「それとお酒は禁止ですから」


 生々しい会話に俺は変な気持ちになりつつも聞いてない振りをしておこう。


「皆ー、最初はまず牛タンにしよっか~」

「そうですね、あっさりしてるんでそうしましょう」

「ねぇ、佐藤くんっ」

「ん?どうしました?」


 背もたれがある椅子に俺と河野先輩と、そして向かい側に田中と田中の姉と岸川さんだ。田中、あの発言をしておいて俺を一人にするとは...


「君って童貞さん?」

「あ!?」


 河野先輩の肩まである絶妙なショートカットが印象的だ。そんな河野先輩はあられもないことを聞いてきた。今どきの大学生ってこんな感じのノリなのか?


「まぁ、そうですけど」

「河野先輩、だからお酒頼むのやめてくださいって言ったんですよ」


 田中が秩序を整える。


「本能が求めちゃってた~!ごめんねぇ」

「はぁ...男癖が悪いですよ先輩。痛い目見ても知りませんよ」

「私は良い子にしか興味なーい」

「やれやれだ」

「河野ちゃんモテるからねぇ、大学では男子からの羨望の眼差しばっかりだし」

「多分それ羨望じゃなく欲望な気がしますが...」

「あはは、上手いこと言う!あ、生一杯!」

「先輩...飲むのは、」

「はーい、高校生はお黙り」

「くっ...姉ちゃん...」


 姉弟関係がここでまた出てきた。でも反抗してない田中も田中で偉いな。普通こういうのって姉に歯向かうのがお決まりだと思っていた。


「ねぇ、さとぉーくんっ。彼女いるのぉ?」

「いないです」

「先輩もう酔ってる」


 早くもお酒に酔った河野先輩。意外とアルコールの回りが早いのか?


「ふわぁ、もう既に眠たいんだけど」

「昨日何時まで起きてたんだよ」

「0時」

「何してたそんな時間まで」


 口が裂けてもれいなさんの事言えねぇ。


「課題やってた」

「あー、世界史の課題プリントな。あれは確かに時間掛かったわ。2時間は余裕で掛かったしな」


 危ない、何とか通った。ちなみに俺は朝学校行って30分で終わらせた。成績優秀な田中より早く終わらせちまった。


「ねぇねぇさとぉくんっ」

「はい」

「お姉さん熱くなってきちゃったぁ」

「あ、あい...」


 田中達にはわからないと思うがテーブルの下で足を組まれてしまった。しかもほどけない。どうしたらいいんだこれ。やばいぞこの状況。


「あ、ちょっとトイレ行ってきます!」

「おう」

「はーい、おトイレはそこの突き当たりだよ~」

「ありがとうございます!」

「あれぇ、どこ行くのぉ?」


 岸川さんが丁寧に教えてくれた通りに進むとトイレがあった。


「はぁ、危な。このままだと理性が...」


 これが...大学生なんだろうか。相手の体温が伝わってくる程密着された。目がとろんとしてたのはアルコールの影響だろうか。それとも欲望を目に投影させた本能的なものだろうか。


「ねぇ、さぁとぉくんっ。鍵空いちゃってたよ」

「え!?」

「静かにしないと君が疑われちゃうよぉ。ねぇさとぉくんっ、我慢しちゃだーめ。本能に従っちゃお」

「俺まだ高校生なんで...」

「バレなきゃ犯罪じゃないよ~?」


 この状況、仕組まれた。俺がここで声を出せば悪くなるのは俺であって、男子トイレに女性側に非があると言うのも無理がある。


「俺、好きな人いるからダメなんですってまじで」

「男の子は好きな人とか恋人いてもこういうことしちゃうよ?今までどの男の子もそーだったよぉ」


 田中が言った通りやばい人だ。


「んっー...」

「ちょ、っ...」

「君さ、こういう経験少なそう。でもー、初めてって感じでもなさそう」

「...ここから出してください」

「反抗的な態度取っちゃう後輩くんはやだなぁ」


-がちゃがちゃ、がちゃがちゃがちゃ


「開かないよ?鍵掛けた。それに私がここで叫んだらぁ...」

「わかりましたから...」

「てか、質問に答えなよ」

「質問?」

「キス、初めて?」

「...」

「君、何か秘密あるんじゃない?人様には言えないようなこと。キス、初めてかどうか言える?」


 優しく俺にしてくれたれいなさん。こういうのってやっぱ気持ちが大事なんだな...


「初めて...じゃないです」

「へぇ、経験あるんだ。どうだった?」

「よかったですけど」

「ふつーすぎ。どんな子だった?」

「まぁ、先輩より良い人でした...」

「はぁ?そんなわけないないなーーいもーーん」

「酔ってる...」

「あーあー、どーせ私のこと見てくれる人なんかいないんだぁー」

「俺は多少良い人だと思いますけど」 

「え?ほんと?え...」

「はい、まだ少しは理性あるし」

「私の王子様どこぉーー」

「静かにして、バレちゃいますから」

「ねぇ、ここでしちゃお。んっ~...」

「先輩、っ...」

「お口暖かいねぇ」


 密室に口と口が触れ合う音が生々しく響く。瑞々しい果物を潰しあったような音。


「んっ...!」

「出しちゃダメだからね」


 口を抑えられた。口に入った液体はなんだ...。


-ゴク



「偉いね僕。さぁ、準備整った」

「あの、これ何ですか...」

「もう顔赤いね、目もとろんしてる」

「頭が...」

 

 頭がふわふわとした感覚に襲われ喉が燃えるような熱さだ。意識が朦朧とし、自分では立てない程だった。


「重いね、しばらくそこで舞っててね。後輩くん」

「...」






「起きたねぇ、さすが若さ故の生命力」

「ここどこ...」


 カーテンから月の光が差し込んで僅かな明るさを感じる部屋だった。


「んー、私の家かな」

「は?田中何やってんの...」

「あー、田中君には佐藤くん先に帰ったって言っちゃった。そしたらふつーに信じてたよ?」

「騙したんですか!?」

「人聞きの悪い言い方だねぇ」

「目的はなんなんですか...」

「えっちだよ、わかんない?」

「あ...はい」

「高校生だからわかるでしょ~」

「まぁ、少しは」

「あ、公にはしないでね~?私お逮捕されちゃうから」

「そういうのはしたくないです」


 きっぱりと断った。


「ふーん、好きな人いるとか?」

「...わかんないです」

「わかんないってどーゆこと?」


-ピンポーン


「だれぇ?」

「ねぇ。さとーくんっ怖いから出てぇ」

「わかった」


 この時間に誰だろう。確かに今は夜10時。のんな時間に来客とは不思議だ。


「うわっ!」


 俺の腕は強く引っ張られた。そのまま外に連れ出されてしまった。


「やめてください!」

「ゆーくん。静かにしてね?夜遅いから」

「れいなさん!?」


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