薄水にする

おかお

本編

 その人が男女関係で揉めてから、糸が見えるようになった。糸は一本で見ると薄水色だ。集まると濃くなる。自分を含めた全員に青い糸がかかっている。「その人が男女関係で揉めてから」という言葉を用いたのは、その人に対する糸の量が飛びぬけて多かったからで、噂の波及に伴って糸が更に増えていったからこその推測だ。今やその人には無数の糸が絡みつき、体を青くして、顔なんてどんなものだったのかも分からない。


 「今日の俺の周りはどのくらいうるさい?」

 「昨日よりはマシだけど誤差」


 その人とは屋上近くの階段でご飯を食べる。屋上が封鎖されたのは最近だが、階段でご飯を食べる文化は根付かなかったため、周囲に人はいない。その人とは男女関係で揉めた後は少し仲良くなった。周りが離れたから相対的に近づいた、というだけかもしれない。卵焼きを食べる。


 糸の話は半分冗談で話しているし、向こうは完全に冗談だと思って付き合っている。だが何を食べているか分からない位に糸が巻き付いている。糸を間違って口に入れていないと言うことは、彼に糸が見えていないことの証だ。


 「俺より佐代里さんが噂される方が心配よ」

 「私?誰も私のこと気にしないよ。そんなに綺麗じゃないし、学年に名前が知れ渡ってるわけでもないし」

 「俺と仲良くしてることで学年に名前が知れ渡って来るんだよ。ちょっと鎮火するまで距離置こうとか、あるじゃん」

 「めんどくさ」

 「その性格がありがたすぎるわ」


 女にだらしないとはいえ、彼も彼なりに反省しているらしい。それが上手く他者に伝わらないのが残念な所ではあるが。


 「俺のこと好きになりそう?」

 「撤回。何も反省してなかったわ」

 「え?何を撤回した?今までそんな話してなかった」

 「もういい。ごちそうさまでした」


 半分残してお弁当箱を閉じる。食べ終わった(らしい)青い塊がついてくる。こんなぐちゃぐちゃ、どうとも思わない。

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薄水にする おかお @okao

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