この夜が明けたら

げこげこ天秤

お題:「深夜の……えっと、何だって?」

「もしもし……?」



 次にスマホの向こう側から聞こえてきたのは、ツーツーという通話終了を告げる電子音だった。俺はこの日、夜の海辺を散歩しながら、友達と会話を楽しんでいた。なんていい夜なんだろう。美しい夜凪を前に、思わず友人と感動を分かち合いたくなったのだ。


 ミスで通話終了をタップしてしまったのだろうか? かけ直してみたが、通じない。通信障害だろうか。俺は少し訝しんだが、静かに語り掛けてくるような潮騒を前に、すぐにスマホから目を外して、雄大な大海原に目をやることにした。


 ああ、それにしても、なんて穏やかな夜なのだろうか。俺は広がる太平洋の壮大さに目を奪われる。そして、この空間には、確かに機械音など無粋だったのかもしれないと思い直す。黙ってこの光景を独り占めしろ。そう神様が言っているような気さえした。その証左に、空を見上げれば、息を呑むほどの満天の星空まで広がっている。かつて、こんなに夜空が美しく見えたことがあっただろうか。町から光が消えたことで生み出された、奇跡の時間であった。



「ん? なんだ?」



 その時、水平線の向こうから上昇する光の線が見えた。光の線は、上空にやって来ると、パンッと花火を彷彿させるような音を立てて弾けた。俺は途端に、その眩さに顔を伏せる。


 同時に、静謐な空間は破られた。次に見えたのは、水平線の向こう側から、こちらを照らすサーチライトの群れ。大小さまざまな艦船が向かってくるのが分かった。一体何をやっているのか。何が起ろうとしているのか。この時の俺は、すぐには理解できなかった。



 

 ***




 20YY年MM月DD日、未明。


 台湾全土で通信障害が発生。同時に起きた大規模な停電は人々を混乱に陥れた。ほぼ同時刻、東海岸には救援部隊と称した人民解放軍が押し寄せた。



 友人からの電話が切れてしまってから数時間。いま僕は、一夜明けた台北をテレビ越しに見ている。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この夜が明けたら げこげこ天秤 @libra496

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ