数字スキルが役に立つ
第7話 ニート、役に立つ
「15番……」
「101番……」
「33番……」
「あ。24番」
頭の中のデータが、目の前の人物たちと合わさる。変装していたり、髭をはやしていたり、いろいろ工夫はしているようだけど。脳内の画像と並べてみれば、すぐに本人だとわかる。
私が声を上げるたびに、もう一人の門番に指示を出していたスーさんだったが。途中で顰めっ面を私に向けた。
「お前、本当か? それ本当に確信持って言えるのか?」
「はい、自信あります。どの人も顔写真付きだったので」
「お前の頭、一度割って見てみたい」
「え、いやですよ」
「冗談に決まってるだろうが。ミゲル、どうだった?」
「恐ろしいことに、今確認できている番号については、全員指名手配犯本人であると確認ができました。そしてセイラが話した情報と、指名手配犯リストに記載された情報、ピッタリと一致しています」
スーさんが、化け物を見るような目でこちらを見た。
そんな顔で見られると、ちょっと傷つくんですけど。
「なんか、あの」
「なんだ、はっきり言え」
「多くありません……? そんなに指名手配犯って見つかるものですか? ていうか、そもそも手配犯のリスト、結構な厚みがあったんですけど。それもちょっと疑問で」
勝手な印象だが、指名手配ってポンポン出されるものっていうイメージがないし、首都にここまで多くの手配犯が出入りするのもなんだか異様だ。
スーさんの顔を見ると、ずいぶんと真剣な顔になっていた。怖い、もともと怖い顔がさらに怖い。なんかまずいことを言ったのだろうか。
結局彼は私のこの質問を無視して、話題を変えた。
「ちょっと早いが、今日は上がっていいぞ。疲れただろ」
「えっ、いいんですか? 本当に?」
「ありがとうございます、だろうが」
「ありがとうございます!」
思わずお辞儀をすると、スーさんにキョトンとした顔をされた。
そうか、ここは日本じゃないから、お辞儀はしないのか。
すでに日が落ち始め、夕陽を受けた石造りの城門もピンク色に染まっていた。
初めてこの門を間近で見た時は、絶望しかなかったが。
帰り道はキラキラと輝いて見えた。
*
「お腹すいたな……」
私は宿舎の自分の部屋に戻り、ゴロゴロしていた。
今日はお昼になにも食べていない。
ちゃんと休憩をもらってはいたのだが、どこで食べようか悩んでいるうちに休憩時間が終わってしまった。
(外に食べに行きたいけど、大丈夫かな)
この街の夜の治安もよくわからないので、そもそも女性が夜に外食をするのが安全なのかもわからない。
(一瞬、頑張れるかも、なんて思ったけど。やはり引きこもりニートに異世界生活は厳しいなあ……)
心細さから、ポロリと涙が出た。冷静になるとやはり、寂しさに支配される。
涙を拭おうとしたその時、ドアをノックする音が聞こえた。
「え、なに」
「セイラ! まだ起きてる?」
「誰……?」
この3階建ての門番小屋には、私が与えられた屋根裏部屋の他にもいくつか部屋がある。
1階部分はリビングダイニング、2階部分に3部屋あり、夜勤の門番が宿泊できるようになっているのだ。
ドアをあけ、隙間からそっと覗き見ると、癖毛の茶髪が視界に入った。
スーさんの横にいつもいる、ミ……なんとかさんだ。
この人は、下まつ毛が異様に長くて。ついつい話しているとそこに視線がいってしまう。
人の名前を覚えるのが苦手な上に、この国の人の名前はみんなイングリッシュネーム風なので、覚えるのに苦労している。
結果、この人のことは心の中で「マツゲ」と呼んでいた。
「あ、どうも……」
彼は私の顔を見て、鼻から息を漏らした。心配そうな顔をされている。
(おっと。しまった、顔拭かないままドア開けちゃった)
涙で頬が濡れていたことに気がつき、私はゴシゴシと顔を拭った。
泣き顔を見られてしまった恥ずかしさから、顔面を隠すように前髪を弄る。
「なにしょぼくれてるのよ。ねえ、夕飯食べにいかない? 門番長に聞いたんだけど、あなた女の子なんですって? 夜外に出るにも危ないでしょ、一人じゃ。だから誘いに来たのよ」
「ん……?」
私は目をパチクリした。おや、この人って。
「あ、もしかして喋り方にびっくりした感じ? 仕事中は封印してるのよ。たまに出ちゃうけど」
(マツゲはオネエだったのか!)
驚くと同時にいろいろ聞きたいことはあったが。まずは聞き捨てならない発言について反応するのが先だ。
「門番長に聞くまで、わかんなかったんですか……? 見たら女ってわかんないですか」
「だって、そんなにもしゃもしゃの髪の毛してたら、顔が判別できないもの。制服は体のラインが隠れちゃうしねえ……で、どう? ご飯は行くの? いきましょうよ、女同士で」
ウインクをされて、ドギマギする。初めて出会うタイプの人だ。
ずんずんと人の領域に踏み込んではくるが、不思議と嫌な感じはしない。
「女同士で」ということは、きっと言葉遣いだけでなく、この人の性自認は女性なんだろう。だったら身の危険もないだろうし、ついていってもいいかもしれない。
まあこの人が男だったとしても、襲われるほどの魅力が自分にあるとは思えないけど。
「……行きます」
「そう、じゃ決まりね」
「あ……」
もじもじしながら、言葉を捻り出そうとする。
ここはきっと、この言葉を言うべき時だ。
「あ?」
不思議そうな顔をするマツゲに向かって、私は口をひらく。
「ありがとうございます、マツゲさん」
「マツゲ」
「あ」
しまった、口に出してしまった。
「私にはミゲルって名前があるんだけど、ふふ……マツゲって。あなた確か、門番長もスーさんとか呼んでたわよね? 名前を覚えるのが苦手なの?」
「あ、はい……すみません、ミゲルさん」
怒ってはいないようだが、だいぶ無礼を働いてしまった。
しかし頭を下げると、笑い声が降ってきた。
「それ、あなたの国の風習? 面白いわね。私もやろうかしら。いいわよ、ミゲルでもマツゲでも。あだ名ってつけられたことないから、新鮮だわ」
彼女は不器用にお辞儀を返して見せる。
「さ、いきましょ」
マツゲの笑顔に、心がふっと軽くなった。
上手に気持ちを伝えるのが苦手だった。
会話のラリーがちゃんと続く。相手が嫌な顔をしないで話を聞いてくれる。
たったそれだけのことなのに。微温湯に浸かったみたいに、私の心は温まっていた。
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