第4話 イヤイヤ異世界生活
「お前の仕事は門内の清掃だ。端から端まで綺麗に磨き上げろ」
スーさんはそう言うと、私に箒と塵取りを押し付ける。
「ええ……? この広さを、一日で……」
掃除はそんなに得意じゃない。自分の部屋も汚部屋と呼んでいいものだった。
それに箒を持って掃除なんて、高校ぶりじゃないだろうか。
「あとその髪の毛、なんとかならないのか。前髪に隠れて目が見えん。身なりを整えろ、身なりを」
「なんともなりません。この髪型、視界が遮れてちょうどいいので」
メイドに世話をされている間にも、「髪を切ってしまいましょう」と言われたのだが、それは断固断った。結果、清潔にはなったが、髪型自体は引きこもり時と同様、もっさりしたままだ。
「視界は遮るものじゃないだろ」
「人の表情を見るのが嫌なんです」
スーさんは、「この国のことが何もわからない」と自己申告した私のために、ざっくりとこの街のことを説明してくれた。
ここ、エデンの首都メケメケは、城を中心に発展した城下町を囲むように城壁が建てられているらしい。なんと門の数は11もあるそうで。私が配属されたここは、その中でも一番大きな門なのだそうだ。
「職業柄、門番には身元のはっきりした信頼できる人材しか配属されない。基本的には、国王や国の重鎮の親族がつく場合が多い」
「つまりスーさんもお偉いさんの親族なんですね」
「口の聞き方に気をつけろ、お前は! 無礼にも程があるぞ。しかし、他国出身のお前が雑用といえどなんで門番に……しかも宰相の知人の外国人留学生って。もし本当にコネで入ってきたのなら、中枢のもっといい仕事につけるだろうが。お前本当に宰相の知り合いなのか?」
訝しむスーさんを前に、私は首輪に手を添えた。
(魔法の首輪の監視付きの身なんだから、そういう仕事にはうってつけだよね。変なことしそうになったら、首を切ればいいんだもん)
配属の理由を理解してため息をついた。これじゃあ奴隷と変わらない。
押し黙って質問に答える気配のない私の様子を見て、スーさんはため息をつく。
「とにかく、私の仕事は掃除ってことですね。では、行ってまいります」
それだけ言って箒を掴むと、私はスーさんに背を向けた。
クビにならない程度に働いていよう。
そう、思ったのだが。
「それのどこが掃除だ!!」
昼休みに差し掛かろうとしたところ。見回りにやってきたスーさんから頭頂部にチョップを食らった。
「痛っ! 何するんですか! ちゃんと掃いてますよ」
「お前、掃除の仕方知ってるか?」
「え」
「まずホコリを落として、窓を拭いて、それから床にうつるもんだろうが。床だけ掃いてはい終わり、じゃ、掃除の半分も終わってねえんだよ」
「でも」
「でもじゃない。しかも隅っこにゴミが残ったままだ。廊下の真ん中だけ掃いてどうする」
小姑並にうるさい。いや、ちゃんとできてない自分が悪いっちゃあ悪いのだけど。もうちょっと言い方がないものだろうか。
「すみません……」
「掃除はもういい! 次は書類の整理だ」
スーさんは私の腕を掴み、ズンズンと門番長室への階段を上がっていく。
(細かい上に乱暴すぎる……!)
一応女性なのでもうちょっと丁寧に扱って欲しい。
促されるまま書類棚の整理整頓をおおせつかったのだが。これもうまくいかなかった。
「お前……なんでそんなに使えないんだ! 説明された通りに、並び替えればいいだけだろ! 書類をファイルに入れていく作業だって、どうしてそう手間取るんだ」
「元々あまり器用な方じゃなくて。整理整頓も得意じゃなくて」
「はあ、仕事が進まん……。いったいお前は、何ならできるんだ」
頭を抱えるスーさんを前に、私も頭を抱える。
そもそも、雑用として頼まれるタイプの仕事が、全て苦手なのだ。
「何ができるのか、自分でもよくわかりません」
困り果ててそう言うと、スーさんの額には青筋が立った。
「こいつ、開き直りやがって……だいたいなあ、お前は」
「あんまり口うるさいと、女の子にモテませんよ」
自分の口からこぼれてきた言葉に、自分で驚き、両手で口を塞いだ。
しまった。怒られ続けて嫌気がさして、うっかり反抗してしまった。
「なん……だと……?」
みるみるうちにスーさんの顔が真っ赤になっていく。間抜け面でそれを見上げていると、程なく噴火した。
「余計なお世話だ! お前もう帰れ!」
門番長室からほっぽり出され、扉が勢いよく閉められる。
働き始めた初日。早速私は職場から追い出されてしまったのだった。
*
雑用係二日目。どんなに逃げたかろうとも、朝はやってくる。
仕事に行きたくない。正直寝ていたい。
だがそれは叶わない。働かざる者食うべからず。この世界で私を養ってくれるものは、残念ながらいない。
私はベッドの上で最後の悪あがきをしたあと、むくりと起き上がり身支度を整えた。
「今日はお小言を言われませんように……というか、果たして仕事をさせてもらえるのだろうか……追い出されたしなあ、昨日」
昨日より少しでもマシな日になることを願いつつ、門番長室へと出勤した。
「おはようございます」
「……うむ、おはよう」
お前なんかもういらん、と開口一番言われなかったということは、とりあえず、他の部署にたらい回しにされることはないようだ。押し付けたくてもできないのかもしれないけど。
仏頂面の門番長を横目に見た。彼はカップに入ったお茶を啜りつつ、書類に目を通しているようだった。昨日と変わらず、まるでお手本のような制服の着こなしで、姿勢良く席についている。
私は掃除用具を手に取って、そそくさと外に出た。
なるべく余計なことは言わないようにしよう。人との関わりは最低限に。そうすればトラブルも生まれない。
竹箒のような形状の箒のさきで、微かに落ちている土やゴミなどをちょいちょいと掃いていく。私は雑用に熱中するふりをして、日本で働いていた時のことを思い出していた。
私は空気が読めない。就職してそれに気がついた。
学校時代は趣味の合う友達としか付き合わなかったし、学業の成績はトップクラスに良かったので、特に不自由はなかったのだが。社会に出て、「協調性」を求められるようになって、私は壁にぶち当たった。
その場にそぐわないことを言って、不愉快そうな表情をされるのが何より嫌だった。
それで前髪を伸ばした。相手の表情を見なくて済むように。
おまけに整理整頓が苦手で、机の上は散らかり放題。書類もよく無くす。
常に叱られてばかりで、そんな自分が嫌になって、退職届を書いた。
ここでも同じような思いをするのだろうと思ったら、気分が落ち込んでたまらなくなった。暗い気持ちをかき消そうと、床に集中していたら、頭を殴られたような衝撃に襲われる。
「いてて……」
どうやら建物の終わりに到達したことに気が付かず、柱に衝突してしまったらしい。
「んん? この部屋、なんだろ」
人の出入りがあったので、チラリと中が見えたのだが。資料室のようだ。
なんとなく興味を惹かれ、箒を廊下に残し、一歩を踏み入れた。同じ制服を着ているためか、誰も私のことを目にも止めない。
天井まで高さのある本棚群、年季の入った革張りのバインダーが私を出迎える。美しく整えられたその空間を、私はぽっかりと口を開けて見上げた。
(皮の色が褪せて、紙がボロボロになっているものもある。相当昔の分からあるんだな)
茶色い皮のファイルを一つ手にとって開いてみた。
魔術師おじさんの解説曰く、私は召喚魔法で呼び出された時に、この国で使われる言葉の言語能力も付与されたらしいので、難なく読み書きもできる。
このファイルには、番号に紐づいて、この城門を通過した人間たちの通過記録が詳細に記載されているようだ。
(これは……どこの誰が、いつ、ここの門をなんの用事で通過したのかが記録されているんだな)
こういう数字の羅列を見るのは楽しい。いつまでも見ていられる。
一冊読んで満足すると、次は別の棚に行ってみる。黒い皮のファイルを手に取り開くと、そちらは先ほどのものと様子が異なっていた。どうやら「指名手配犯」を記録したファイルらしい。
「指名手配番号100番、トマス・ヤコブ。出身地エルバ村、30歳、罪名、放火」
顔写真があるものと、ないものがある。中には似顔絵のものも。備考欄には追加情報が記載されている。番号に紐づく人の情報を見るのは好きだ。どんどん読み進み、これも一冊読んでしまった。
「おい……何をやってるんだ」
「ひゃあ!」
地響きのような低い声に、おそるおそる後ろを振り向くと、そこには目を釣り上げた様子のスーさんが立っていた。
「あ、えーと。この資料が面白くて」
「お前は掃除をしているはずだが」
「突き当たりまで掃除してたんですが、面白そうな資料室が見えたので。あ、すみません」
目を逸らす。またやってしまった。この言い方じゃあ、きっと謝っているのがついでみたいに聞こえる。
「資料をしまえ。通関記録に指名手配犯リスト……。なんでこんなものを。お前まさかスパイじゃないだろうな。何を探していた」
首もとを掴まれて、宙吊りになった。
こんなこと日本でしたらパワハラなんですが。っていうかこの国でも暴行罪では。
「スパイとかじゃないです、断じて。ただ、資料を読むのが面白くて」
慌ててそう言い訳したが、焼け石に水だった。
「こんなもの、読んで面白いわけがないだろう! もうちょっとまともな言い訳をしろ」
「いえ、あの、私昔から、数字に紐づくデータを読むのが好きで。陸上選手のタイムとか、大相撲の取り組み表とか、野球選手の選手名鑑に載ってる打率とか」
「何を言ってるのか全くわからん!」
途中から自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。
とにかくこの状況から抜け出したくて、口が滑るように言い訳を続ける。
「ああ、ただ、あれなんです。好きすぎるからかなんでだかは自分でもわかんないんですけど。一度覚えたら忘れられないんですよねえ。内容が」
「は?」
スーさんの眉毛がぴくり、と動く。
涙目になりながら、私は流れに任せて言葉を続けた。
「数字に紐づく情報は、忘れられないんです。だから数少ない友人からは、歩く情報漏洩って呼ばれてました。企業の数字に紐づく機密情報とか、読んじゃったらやばいねって。あ、すいません、笑えないですよね……あははは……」
「ちょ、ちょっと待て、本当か?」
「え、あはい」
「顔写真等の画像を含めて?」
「忘れません。数字に紐づくデータは頭の中に写真で残るんで。カメラで撮った画像のように、一度見たらずっと記憶に残ります。あ、カメラってわかりますかね? 写真があるから、カメラも、あるんですよね……?」
そこまで言うと、スーさんは私を床に下ろした。
「それが本当なら、使えるな、お前」
「え」
スーさんは、私がテーブルの上に散らばしていたファイルの一つを手にとる。
「お前が今話したことが嘘じゃないか、今からテストする。俺が言った番号の指名手配犯について、詳細を述べてみろ」
「え」
「このファイルは全部読んだんだろ」
「あ、はい」
椅子に座らされ、威圧感しかない上長と向き合う形になった。
スーさんは、なんで急にテストなんて始めようとしたのだろうか。
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