ホタルと太公望

ニ光 美徳

第1話

 真夜中の0時を過ぎた頃、私は川沿いの遊歩道を歩いている。

 いつもは一本向こうの通りを、一心不乱に自転車を漕いで自宅へ向かうのだが、今日はこの時間帯に初めて道草を食っている。


 何故こんな時間にこんな場所で、若い女性が1人で散歩しているのか?

 いや、30歳一歩手前なので、もう胸を張って“若い”とは言えなくなるかなぁ。


 少し話は逸れましたが、今日は風に吹かれたい気分なのです。


 学生時代の友達は結婚して子どももいるのに私ときたら、いわゆるブラック企業に勤めていて、毎日朝から晩まで、そう夜中まで働き詰め。

 結婚どころかプライベートも全く無い。


 携帯もチェックする暇が無いくらい必死で仕事してるけど、たまたま目にしたアプリメールに『結婚します』という文字。


 私の中で、最後の砦だと思っていた友達が、早々と結婚…。


 激しく動揺した私は、その後仕事でミスの連発。必ず嫌味を言う先輩が、さらにマシンガンを撃つように私を攻撃する。


 …疲れた。


 今日は本当に疲れた。


 泣ける場所を探してトボトボと歩いていると、川の上にフワッと光る何かが飛んでいる。

 フワッと光ってスッと消え、またフワッと光る何か。


 ホタル?こんな時期に?

 今はまだ4月に入ったばかり。ホタルなんているわけないか?


 小学生の頃はよく、蛍狩りに行ったなぁと、小さい頃を懐かしむ。


 またフワッと光って消える。


 ん?やっぱりなんか違う。ホタルじゃない。


 私はもっと近付いて、ショボショボしてる疲れ目を凝らしてよく見た。


 橋の欄干に人がいる。


 じーっと見つめてたら目が合った。


「な、何されてるんですか?」

 ドキッとして、思わず声をかけてしまった。


「あ、釣りしてます。すみません、ご迷惑でしたか?」

 男性はびっくりして少しオドオドした様子で答える。


「あ、いえこちらこそ声を掛けてすみません。ホタルかなーと思って見てたらアナタがいたので、気になって…。

 暗くてよく見えないので、ガッツリ見てしまってすみません。」


「光ってるのはルアーです。蛍光の塗料を塗ってるんです。」


「へえー、そんなのあるんですね。」


「釣りはされるんですか?」


「いえ、学生時代に先輩に何度か連れていってもらってやってみたくらいで、そんなには。

 でもこんな所でこんな時間に釣りですか?」


「そ、そうですよね、やっぱ怪しい人ですよね?」


「ち、違いますよ。ただちょっとした疑問というか…」

 私は焦って言い訳をし、男性の顔を見た。

 薄暗い街灯と、月明かりに照らされた、少し長めの整ってないけどサラサラとした前髪から覗く切れ長の目と、シュッとした顎のラインが私の目を釘付けにする。


 …格好良い。


 歳も同じくらいかな?


「俺、釣りが趣味なんですけど、最近仕事が忙しくて…。昼間にここを通りかかったらこの川に魚を見つけて、どうしても釣りたくなったんです。

 この時間になったのは、今しか時間が無かったので…。」


「実は私も今仕事帰りなんです。入社してから残業ばかりで休みも無くて…。」


「大変なんですね。」


「ありがとうございます。あ、すみません、話かけたらお邪魔ですよね?」


「いえ、全然釣れないので、もう仕事に戻ろうかと思ってたんです。でもまだ時間あるので。」


「今から仕事ですか?何のお仕事されてるか聞いてもいいですか?」


「研究の仕事してるんです。だから、時間関係なく、会社に泊まり込みすることも珍しくないんです。今は分析に時間がかかってるので、その間に釣りをしようかと…。」


「へえー、すごい!隙間時間で釣りですか。何釣れるんですか?」


「昼間見たのはウグイです。

 俺、いつもは磯釣りしてて、そろそろアジの季節かなと思って準備してたので、そのルアーでやってみたんですけど、ダメでした。」


「そもそもウグイって、こんな街に流れる川にいるんですか?」


「この川、意外と色んなのいるんですよ。」


 その後も、男性が迷惑な素振りを見せないのをいいことに、いろいろ聞き出した。


 そう、私はこんな真夜中に川沿いを散歩したら、出会ってしまったのです。


 運命の人…。


 大学院の博士課程を卒業して、現在は一般企業に就職。研究職のため、忙しくて彼女無し。

 顔は私のタイプで、性格はおっとりさん。

 身長は私より少し大きいけど高身長ではない。ひょろっとした体格。

 趣味は釣り。でも船酔いするから、磯釣りか岸釣りと、たまに川釣り。


 この、初対面の女性に明け透けに何でも話す無防備さ。警戒心の欠如と言っても過言ではないくらい。

 私の眠ってた母性本能がくすぐられて目を覚ます。

 

 超どストライクなんですけどー!!


「私も、すごく久しぶりに釣りがしたくなりました!お暇な時、いつでもいいので一緒に連れて行ってください!

 夜中でも大丈夫です!」ニコッ


「でも、仕事忙しんじゃないですか?」


「いえ、今まではプライベートでする事なかったので仕事に没頭してましたが、今からは趣味にも力を入れていきたいんです!

 (今まではだったけど、これからは…、)

私、大好きなんです!」


 社会人になって、毎日ハードワークで、先輩からも攻撃されて、いつのまにか無機質で感情のないロボットになっていたけど私、元々は肉食女子ハンターだったのです。

 ですが、この瞬間からは、ハンター改めアングラーになります!


「じゃあ、一緒に行きましょうか?俺、そんなに上手じゃないので、お恥ずかしいくらいですが…。」


「全然大丈夫ですよ!初心者の女性が1人で釣りなんて、ハードルが高すぎるので、側にいて頂けるだけで…。」


 真夜中に散歩したら目が覚めた。母性本能と狩人の血。そう、私は自分を取り戻したのだ。


 …私はこの大物を釣り上げてみせる!

 ビバ!大物モンスターアングラー女子!




**おしまい**

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