何もかも使い潰せ

最早無白

何もかも使い潰せ

 ――なんか、変に目ェ覚めたな。今何時だ?

 スマホの電源を点ける。うっ、ブルーライトまぶしっ。


 画面には『AM 2:10』の表示。現在の時刻が深夜であることの証明である。


「二時ってお前……生活習慣よ」


 いつかやった徹夜が今になって応えたか。んな、筋肉痛が遅れてやってくるみたいな。


「つか腹減ったな。なんかあったっけ」


 おもむろに体を反転させ、冷蔵庫まで這って進む。順調にダメ人間への道を歩んでいるな、俺。やっとの思いで開けたそれの中身からは、生活感のせの字も感じられなかった。


「何もねぇし。こうなりゃコンビニかァ~?」


 着替えるの面倒くせェ~……。どうせ深夜だしこのままでいいか、誰も俺のことなんか見ねェだろ。上下ジャージにサンダル、コンビニに行くのなんてこんなもんでいいんだよ。たぶん。


「寒~! 指の感覚なくなんだろこれ」


 ドアを開けたとほぼ同時にこれだよ。寒波強すぎるって。徒歩二分じゃなきゃ凍えてるわ。

 ま、目ェ覚ますにはちょうどいいか。せっかく起きたんだし、眠気が来るまで人生を満喫してなきゃもったいねェ。


「いらっしゃ~せ~」


 店員さんの眠そうな声。わかるよ、俺と同じ半開きの目してるもん。

 何食おうかな。まあとりあえずメインを張れるような、ガッツリしたやつはいきたいよな。


「カルボナーラ大盛り……コイツにするか」


 メインが決まったところで、カルボナーラを支えるメンツを探す。なんとなく思い浮かんだ『肉』というイメージを頼りに、生ハムを仲間に加え入れる。


「――飲み物って家にあったっけ。まあいいや、せっかくだしエナドリキメるべ」


 買い物かごは飲み物のコーナーへ勢力を伸ばす。それなりの品揃えの中に『期間限定』の文字が光り輝いて見えた。

 こういう限定にはどうも弱い。コーヒーに行列ができるのが許されるなら、エナドリだって許されるはずだ。値段も味も見ずに、躊躇なくかごに突っ込む。この世の終わりみたいな大人気分のなり方である。


「あざした~」


 勝ち誇ったかのようにコンビニを後にする。別に誰とも戦ってないのに。このまま勝ちの余韻で、ちょっと遠回りして帰ってみるか。

 マジか、こんな所に公園とかあったんだ。一つ隣の通りに行けばこんな発見があるなんて。普段の行動範囲の狭さがうかがえる。


「ねぇ、そこのお兄さぁん」


 うわ、なんだこの女。本格的に酔ってんな、まあ顔がいいから許せるけども。服装的には量産型、となると『飲み足りないからとりあえず財布を探してた』ってとこか。知らんけど。


「いや、なんすか?」


「まあいいじゃぁん。酒ならあるんでなんか話しましょうよぉ」


 よし、オゴり回避! ノーコストで女と話せるなんて得しかねェじゃん。カルボナーラ、あたためにしなくてよかったァ~!


「まあ俺も暇なんで、話すくらいなら全然いいっすよ」


「っし。ちょいと寂しさ紛らわさせてくださいや、ほい酒」


「あ~……酒は弱いんで、俺はコイツで」


「あ、了解で~す。かんぱぁい」


「乾杯」


 エナドリとレモンサワー。互いにぶつかって、いい加減な金属音が夜空に響く。


「お兄さんは何してたんですかぁ?」


「なんか謎に目が覚めて、腹も減ったんでコンビニ行ってたとこっす。散歩するか的なノリで違う道から帰ってたら姉さんにカチ合った、って感じっすね」


「あ~ね。そりゃ運命的だねぇ、付き合ってみる?」


「なんすかそれ」


 この夜も、残りの人生も、持てる全てを使い潰して、名前も知らない女とただ喋るだけ。たっつたそれだけ……ってわけでもないか。プライベートで女と関わったのなんて二年ぶりくらいだし。

 今までとは違う選択をしたことによる、神様からのご褒美、みたいな? そういう風に受け取っとこ。解釈は自由で、そして無限だ。


「そういう姉さんこそ何してたんすか?」


「あ~し? いやまあ、フツーに飲んでただけだよ。んで店閉まったからここで飲み直してた感じ。一人寂しく飲むのもアリっちゃアリだけどぉ、なんか兄さんいたから声かけたわけさ」


 姉さんはビニール袋いっぱいの酒を見せびらかす。こんなのぶっ倒れるぞ。


「多くないすか!?」


「家の酒切れたからストック分も買ってるの。酒カスだからすぐなくなっちまうんだよねぇ」


「それなら最初から家帰って飲めばいいのに、今日クソ寒いっすよ?」


「あ~確かに。じゃあ宅飲みやるかぁ! ど~せ兄さんもこのあと予定ないっしょ? 酒持ち係ね!」


 ――は? これは嬉しさ半分困惑半分の『は?』だ。同音異義語ならぬ、同声異義語みたいな? からの同棲も……それはさすがにないか。


「まあ、ちぃ~っと長めの散歩と思ってさ。あ~しに付き合ってくださいや。死ぬまでの思い出一個、増えると思ってさ!」


「――いいっすね」


 どうせ死ぬんだから、楽しい思いはし得だよな。ダメ人間に拍車がかかってもいいや、それなら姉さんと一緒にダメダメになろう。


「姉さん、俺酒チャレンジしてみますわ。飲みやすいヤツあります?」


「ん~……コンビニで買い直しだねぇ!」

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