夜と桜と噂と
みない
第1話
桜を見に行こう。
そう思い立つときには、すでに行動を始めていた。
風呂上りに着ていたスウェットから外に出れる服に着替え、財布とスマホを持ち、家を出る。
春先の肌寒い空気を感じながら一人夜道を歩く。
このひんやりとした空気を感じながら歩くこの時間がわたしは好きだ。街灯に照らされる誰もいない道を歩く。世界に一人残されたようなこの時間が好きで夜な夜な散歩をしている。
いつものようにあてどなくふらふらと歩く散歩ではなく、今回は目的がある散歩だ。ただの思いつきではあるが、桜を見に行くという目的がある。
そのついでにコンビニでアルコールとアイスでも買ってから向かおう。その時の気分で動くのはわたしの悪い癖だ。その癖のせいであんなことが起きるなんて想像できるわけがない。
コンビニで酒と共に買い合わせたのはバタピー。こう言うのはシンプルが一番。川沿いの公園で街灯に照らされた桜を見ながら飲む。うん。いいね。実に風流だ。
花見で一杯、ついでに今日は満月が浮かんでいる。月見酒としても飲める。まさに一石二鳥の夜散歩だ。酒を片手に公園内を歩いていると怪しい人物がいた。
「スペイン居酒屋で蕎麦を頼む。そんな場面に遭遇したい」
意味不明なことを言っていた。
そんな怪しい男の前を素通りしようとする。
「君は蕎麦屋で何を頼むかい?」
怪しい男に声をかけられてしまった。聞かなかったことにして素通りを選んでもよかったはずなのに、私は答えてしまった。
「天ぷら蕎麦ですかね」
「そうか、そうかそうか。天ぷらそばか。実に面白い」
怪しい男はわたしの手を取る。
「君は何も言わずに素通りすることも出来た。しかし吾輩の問いに答えると言う選択をした。実に面白い」
この男は実に面白いと言う言葉が口癖なのだろうか? そう思わせるほどに多用していた。
「いやはや、ここを通る者たちにこの問いをしてきたが、答えてくれたのは君だけだ」
ここを通った人全員に声をかけていたらしい。いままでよく通報されずに済んだものだ。
「君のおかげで吾輩の知りたかったことが、やっとわかった」
男は天を仰ぎ見ると、月に照らされ悲しそうな顔がうっすらと見えた。
「吾輩は死んでいたのだな。それにやっと気づけた。これでようやく成仏できる」
男の足元を見てみると、足はくるぶしから下がなかった。
男が消えてからふと思い出す。桜の木の下には死体が埋まっている。という噂を。
夜と桜と噂と みない @minaisan
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