真夜中の雑貨屋さん 【KAC20234】

細蟹姫

真夜中の雑貨屋さん

 深夜2時。

 この町は、こんな時間でもまだ賑やかだ。

 帰り道を失くした大人達がダマになって店先に現れては、別の店に消えていく。

 騒がしい、眠らない町。

 僕はそんな町を散歩する。


 真面目な顔で善意を押し付けて来る人間より、その辺で騒ぎ吐き散らかすアホな人間の方が、よっぽどマシに見えるのは、夜闇のせいなのか…?


 そんな事を考えながら、騒がしい表通りから裏路地へと進んだ。

 こんな場所に住んでいる人間は、いったいどんな人間なんだろう?

 裏路地には、アパートや一軒屋などが、明かりを灯さず立ち並んでいた。

 

 少し進んだ先、真っ暗な路地にポゥっと光る温かな光が見えた。

 何度も通った事のある道なのに、その光の存在を知ったのは初めて。

 どうやら雑貨屋の様だった。

 ガラス窓越しに見える店内には、まるで魔法の世界に紛れ込んだようなファンタジー雑貨の数々。

 色とりどりの輝く六角形の宝石、虹色の羽ペン、蝶や鳥をモチーフにした装飾品…

 一つ一つの品物に、ストーリーが無限に湧いてきそうなワクワク感がある。


「折角ですから、中へどうぞ。」


 いつの間にか、爺さんが背後にいて、僕を店へと招いてくれた。


 アンティーク調のテーブルに招かれ、何故か紅茶を頂く事に。

 すっきりとしたセイロンティーは、ざわついていた心を落ち着かせるようだった。


「しかし、坊ちゃんの様な子どもがこんな時間に出歩いて良いのかな?」

「坊ちゃんって、これでももうすぐ二十歳だよ。」

「ワシからしたら、まだまだ生まれたての子どもじゃよ。」

「生まれたてって…爺さん一体いくつだよ?」

「804歳じゃ。エルフの血が混じっていてのぅ。」

「そりゃスゲェな。」


 勿論真に受ける訳ではないが、爺さんが店の雰囲気に合わせて、設定まで作っているのは素直に感心する。きっと本当は84歳とかなのだろうな。


「して、何か気になったものはあるかね?」

「あー…まぁ、あるにはあったが…金を持ってないんだ。散歩の途中なんで。」

「どれだい?」


 棚に置いてある、黒い羽のペーパーナイフを指さす。

 別にペーパーナイフなど必要ないのだが、そのデザイン性が何だか無性に気になるのだ。


「成程、なら、それはお前さんにやろう。きっと役に立つ。」

「いや、そんな欲しいわけじゃ…」

「いいんじゃ、実はな、この店は今日で店じまいなんじゃ。お前さんが最後の客。サービスさせておくれ。」


 立ち上がった爺さんは棚からペーパーナイフを手にして僕の隣に立つ。


「坊ちゃんは人間関係につかれているのかい?」

「は?」

「心配はいらない。間違ったことをしていないのなら堂々と生きると良い。何かを言ってくる奴らは、己の愚行すら理解できない哀れ者さ。縁のない人間と、苦しみながらも縁を結ぶ必要など無いんじゃよ。」


 何の話だ?

 と、聞き流す事は出来なかった。

 どうしてかは分からないけれど、爺さんの言っている事は、僕の悩みの根源でもあったから。


「気にする必要はない?」

「あぁ。自分を傷つけてくる人間の為に、傷つく必要はない。それは優しさではなく愚行じゃよ。お前さんの真の優しさは、自分を愛してくれる人の為に取っておきなさい。」


 ごつごつとした手から渡された、美しいペーパーナイフ。

 僕は思わずそれ手に取った。


「おまけにこの羊皮紙もあげよう。困ったことがあったらこの紙に相手の名前を書き、ペーパーナイフで半分に切ると良い。そうすれば、自然と縁は切れる。」

「コワっ」

「なぁに、まじないみたいなものさ。相手の命を奪うモノではない。負の縁は双方にとって悪なんじゃよ。例えそれが親兄弟だったとしても、負に傾いた縁を正に傾けることは難しいんじゃ。」

「…」

「さて、そろそろ日が昇る。店閉まいとするかね。」


 気づけば始発が走り出す時間になっていた。


「坊ちゃんが来てくれて、楽しかったよ。」

「僕もこの店に出会えてよかった。使うかは分からないけれど、コレは大切に持っておくよ。」


 サンタクロースがほほ笑むように、穏やかな笑みを見せた爺さんに別れを告げ、僕は朝の町を歩く。

 酔いつぶれた人と、ゴミと吐しゃ物でお世辞にも良いとは言えない景観だったけれど、そこに吹く湿った風はヒンヤリとしていて、何だか妙に心地よかった。

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