ナイトウォーカーズ・ハイ(長編化構想中)

麦茶ブラスター

1話

ちっくたっく ちっくたっく


突然ですが、皆様は「ナイトウォーカーズ・ハイ」という言葉をご存知でしょうか。


ちっくたっく ちっくたっく


草木も眠る真夜中に、一人夜風に吹かれながら歩く。そうすると、なんだかとっても良い気分になります。


ちっくたっく ちっくたっく


私はこれを自分の中で「ナイトウォーカーズ・ハイ」と呼んでいます。



ぽおん ぽおん………


あ、時計の鐘が鳴りました。お話はまた今度。これからお散歩の時間です。


鐘が鳴ったら、妹を起こさないように、私はそろりそろりと階段を降りました。


玄関のドアをしっかり閉めて、お散歩開始!


お散歩のコースは特に決めていないのですが、最初に近所の公園へ行くのは決まっています。


小さな児童公園に着くと、その中央で、人間を模した石像が地面から上半身を出していました。


「あ、モアイさん!」


そうです。あの有名な、イースター島のモアイさんです。たまに島を抜け出して、この街に息抜きに来るのだとか。


『やあ、1週間ぶりだね』


モアイさんは口が開かないので、テレパシーで会話をします。厳つい見た目ですが、話してみると結構フランクなんです。


最初のお散歩の時に仲良くなって以降、私のお散歩の時は必ず公園で待ち合わせをする仲になりました。


「今日は何処へ行きましょうか?」


『うーん、すまないけど、今日はここにいさせてくれ』


「え、何かあったんですか?」


モアイさんにしては珍しい返答です。


『実は……』


と、モアイさんが地面に埋まったまま、180度身体の向きを変えました。

私も一緒に、そっちへ視線を向けます。


ぎいこ、ぎいこ。


「あ!」


すると、公園の隅のブランコが、風もないのに独りでに揺れ始めたではありませんか!


そういえば、昨日この近くを通ったときに、曲がった電柱の下におかしや花が置かれているのを見ました。そういうことだったんですね……


『あの子はこの地に未練があるみたいだ。土の中で文明の終わりを嘆いていた、かつての私のようにね。今夜はあの子の話し相手になろうと思う』


私も話し相手になってあげたいです。

でも、いくら目を凝らしても、その子の姿は見えません。

すると、私の心を見透かしたようにモアイさんが言いました。


『君はまだ夜に慣れていないから、仕方ないさ。また1週間後に会おう』


夜に、慣れる。そうしたら、私にも、あの子の姿が見えるようになるのでしょうか?


モアイさんに別れを告げて、商店街に来ました。

車が通る真ん中を堂々と歩いていると、横から声をかけられました。


「おう、お散歩日和だねえ」


「こんばんは、八百屋さん」


勿論、こんな夜遅くに八百屋さんはやってません。

私に話しかけてきたのは、八百屋さんのシャッターです。


シャッターには、大きな人間の目が一つ浮かび上がっていますが、口はありません。

どこから声が出ているのか不思議です。


「最近来られなくてすいません」


「最近はスーパーなんてもんも有るからなあ。そりゃ仕方のねえことだ。それで、今日はどんな話をしてくれるんだい?」


シャッターにもたれ掛かって、私は色んな話をします。

その間、シャッターは大きな目を閉じて静かに話を聞いています。


「で、その人はまだ見つかってないらしいです。あ、すいません。そろそろ行かないと……」


ちょっと話しすぎました。夜が明けてしまうといけないので、名残惜しいですが立ち上がります。


「いやあ、俺はここから動けねえから、嬢ちゃんの話は楽しくていい。また来てくれよ」


「こちらこそ。商店街でお話しできるのは八百屋さんだけですから」


「あー、案外皆意気地無しでな……そうだ、明日はミカンとキュウリが安くなるらしいぜ」


「あ、それは良いですね。ありがとうございます」


「おう。それと、知ってると思うが、洋服屋のマネキンには気をつけろよ」


「はーい!」


当たり前ですけど、お散歩は楽しくないといけません。

洋服屋の前で引き返して、お家に向かって帰ることにします。


公園を通り過ぎるとき、前から心地よく冷たい風が吹いてきました。

歩いて少しかいた汗がひんやりとして、心地よいです。

公園の中にはもうモアイさんはいませんでした。朝になる前にイースター島に帰ったのでしょう。ブランコももう揺れていませんでした。


そんなわけで、今日のお散歩は終了。


自宅に着いた私は、そおっと、玄関のドアを開けます。


「起きてませんように……」


よかった、妹はよく眠っているようです。寝息の一つでもかいていれば、可愛らしいのですけどね。


「それでは、また1週間後」


一人で呟いて、私はベッドに潜り込みました。




草木も眠る真夜中に、一人夜風に吹かれながら歩く。そうすると、なんだかとっても良い気分になります。


私はこれを自分の中で「ナイトウォーカーズ・ハイ」と呼んでいます。


皆さんも一度、そんな気分になってみませんか?


1週間に一度、あの公園でお待ちしています。




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