酔いどれアブダクション

武海 進

酔いどれアブダクション

「信じてくれって! 絶対あれは宇宙人が俺を攫おうとしたんだ!」


 会社の喫煙室で熱弁する俺を同僚たちは冷ややかな目で見てくる。


「夢でも見たんだろ。お前昨日だいぶ飲んでたからな」


「いや、夢なんかじゃないって! 絶対俺は攫われかけたんだって!」


 どうしても信じようとしない同僚たちに昨夜の話をもう一度俺は聞かせる。


 久しぶりに定時で帰れた俺と同僚たちは飲みに行った。


 気の合う同僚たちとの飲み会は遅くまで盛り上がり、へべれけになるまで飲んだ俺はそのまま家に帰る気が起きなかったので深夜の散歩としゃれこんだ。


 そうして気分良く散歩していた道中で事件は起きた。


「ま、眩しい!」


 突如謎の光に俺は包まれ、体が浮くような感覚に襲われたのだ。


 慌てた俺は手の届くところにあった街灯に掴まり、浮遊感に抗った。


 突然の事態に何が起きたのかと考えた俺の脳裏に、この間見たオカルト特集のネット記事が過ぎる。


 記事には宇宙人による地球生物の誘拐について書かれており、牛がUFOから照射された光で宙に浮くイラストが添えられていた。


「誰か! 誰か助けてくれ! 宇宙人に攫われる!」


 助けを求め大声を上げるがタイミング悪く周囲には誰もいないらしく、助けが来ることはなかった。


 だが諦めずに抵抗を続けているとやがて浮遊感が弱まっていくのと同時に、俺は意識を失った。


 そして目覚めた俺がいたのはUFOの中、ではなく自分のアパートの部屋の中だった。


「あ、それは俺の仕業っすね」


 話終わった俺の後ろから、いつの間にか喫煙室に入ってきていた後輩が衝撃の事実を言い放った。


「昨日、コンビニ帰りにべろべろに酔った先輩が街灯に掴まって吐きながら大騒ぎしてるの見つけたんすよ。それで一通り騒いだら寝ちゃったんで、俺がアパートまで運んだって訳っす」


 証拠、と言いながら後輩はスマホで撮った動画を見せてきた。


 動画には後輩の言う通りの醜態を晒す俺が映っており、動画を見た同僚たちは腹を抱えて笑い出す。


 光の正体は街灯、浮遊感は吐き気を酔っていたせいで勘違いしていたらしい。


「……色々と迷惑かけたみたいだな。今度何か奢るよ」


「マジっすか! 俺焼き肉食いたいっす!」


 羞恥のあまり顔を真っ赤にしながら俺は辛うじて先輩としての威厳を保とうとするのだった。

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酔いどれアブダクション 武海 進 @shin_takeumi

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