戸張さんと真夜中の散歩

そばあきな

戸張さんは、今日も真夜中に歩く。


 ――隣の席の戸張とばりさんには、真夜中になると知らない誰かと外を歩いているという噂がある。

 その相手は聞くたびに違っていて、ある時は髪の長い女の人だったり、べつの時には若くてカッコいい男の人だったり、はたまた腰の折れたおばあさんだったりと、様々なバリエーションがあった。

 

 ただ、その噂の真実を知るには、自分も真夜中に出歩き、実際に戸張さんに会わなければ証明ができないので、誰も実行することもなくずっと噂のままで放って置かれていた。


 でも、僕は知っている。その噂は本当のことで、戸張さんは今日も真夜中に外を歩いているといることを。



 ――今日は、大神おおがみくんの家の近くの公園にいるね。


 そんな彼女との約束のため、僕は眠い目をこすって布団から起き上がった。


 時計を見てみると、もうかなり遅い時間だ。この時間なら、彼女もきっと約束の場所にいることだろう。

 そう思い、僕は隣の部屋で眠っている両親を起こさないよう静かに靴を履き、慎重に扉を開ける。


 大人に見つかったら怒られてしまいそうな真夜中に、僕は家からこっそり抜け出して外に出ていった。


 見つからないようにドキドキしながら、僕は早足で歩いていく。

 人気のない公園までたどり着いて中を覗くと、僕の予想通り彼女はすでにいた。

 一度寒さに身震いしてから、僕は公園のベンチに座る彼女に声を掛けた。


「こんばんは、戸張さん」

 その言葉に、クラスメイトの戸張さんが顔を上げた。


「こんばんは、大神くん」

 そう言って、戸張さんは僕の目を見てにこりと笑う。


 その笑顔の近くには、真っ白でふわふわとしてわたがしのかけらにも見える、よく分からない小さな生き物たちがいた。

 どうやら戸張さんの肩に乗ってはしゃいでいるらしい。

 この間テレビで放送されていた『もののけ姫』というアニメ映画に出てくる「こだま」にどこか似ていた。その生き物たちにも頭を下げ、僕は戸張さんの隣に腰を下ろす。


「ねえ大神くん、この子たちの話を一緒に聞いてくれる?」

 目をキラキラとさせながら笑う戸張さんに、僕は「うん」と首を縦に頷く。


 僕の頷きで、戸張さんの肩に乗っていた「こだま」みたいな生き物も一斉にピョンピョンと跳ねだした。


 ――普通の人とはちょっと違う人を引き寄せる体質の戸張さんは、人ではない誰かの話し相手になるために真夜中に外を歩いている。

 満月の夜、窓から戸張さんを見かけて声をかけた僕は、次の日から時々戸張さんと一緒に真夜中に歩いて色んな誰かの話を聞いているのだ。


「こだま」みたいな生き物の話に「うんうん」と楽しそうに相槌を打つ戸張さんを見ながら、僕はしみじみ思う。


 戸張さんといると、真夜中でも退屈しない。

 口裂け女や吸血鬼、ターボおばあちゃんに会って話をできるのは、戸張さんの体質のおかげだ。


 も、他にも普通の人間のふりをしている仲間がいるのだと安心できる。



 そんな戸張さんの体質に引き寄せられた内の一人の僕は、まだ眠い目をこすりながら、彼らのする少し不思議な話にしばらく耳を傾けていた。

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