第2話 ヤンデレ幼馴染

 迎えたクーデレメイドと新婚生活一日目。

 

 昨晩の出来事は日を跨ぐ寸前だったということもあり、深夜テンションが僕にアイウィスを使う勇気を与えてくれたんだ。午後23時は深夜じゃないだって? 身長を伸ばしたい僕にとっては立派な夜更けさ。

 

 僕は朝目覚めてすぐに、枕元に置いてあった派手な箱を開けてみた。大切に保管しておいたアイウィスがない……ということは夢じゃないね。オーケーなるほど把握丸。

 

「おはようございますご主人様。早朝から落ち着きがなくとてもお気持ちの悪いご様子で」

「なんでも『お』をつければ上品に聞こえる訳じゃないからね? 三度も言ってるけどさあ」

 

 二つは関係ないけれど。しっかしぶれない鉄仮面。まあ……少しの笑顔が見れたら今頃はしゃいでる。当初の目的を見失うな、僕よ。反発することは悪手以外の何者でもないだろうに。

 

「……でも、おはようリン。朝から元気出たよ」

「そうですか。でしたら早急にお着替えください。お客様が見えています」

 

 あれ、爽やかな笑顔を浮かべたはずなんだけれど。リンの好感度は全く以て上下せず。泣くよ? やっぱ嘘。それでこそ攻略のしがいがあるよね。

 

「笑顔が不快です。それで、どうされますか」

「やけに直接的だね!? ま、通してくれ」

 

 にんまり笑顔は嫌いらしい。しかし罵倒された後の僕の切り替えは素晴らしい。格好つけてはいるけれど、僕の家は金持ちじゃない。アイウィスはただの懸賞当選だし、住んでいる家も一般的な一軒家。

 

 美人でクールなメイドを横にすれば言葉遣いが高級になってしまうのも無理ないでしょうが。

 今のは少し恥ずかしかった自分への言い訳だ。

 

「お邪魔しま~す」

 

 リンが部屋を出てからはや数秒。まだ幼いソプラノボイスが聞こえてきたかと思えば、軽そうな足取りで階段を上がってくる音がする。やがて僕の部屋の前で足音が止むと、ショートボブの可愛らしい女の子……そう、幼なじみの彩菜がばーんっ、と自ら効果音を口にしつつ部屋に飛び込んできた。

 

「久しぶりっ悠ちゃんっ!」

 

 悠ちゃん僕のことっす。自分、悠哉と申すっす。

 こんな恥ずかしい呼び方するのは彩菜だけ……いくら言っても直らない。

 

「元気してた? ねえ、ねえ」

「ぼちぼちね。てか、久しぶりって。一昨日あったばっかじゃん」

 

 悠長にしているけれど、今は絶賛義務教育中だし、長期休暇でもないから。今日は日曜日……つまり一昨日の金曜日には会っているしなんなら途中まで一緒に帰っているから……。

 

「やだ。毎日会いたいもん! 私のこと好き?」

「あーうん、もちろん好きだよ」

 

 幼なじみとして、だけど。

 ちらっと彩菜の背後に視線を向けてみる。

 あー、ほらやっぱりリンが開いたドア越しに僕を不機嫌そうな眼差しで睨み付けてきている。彩菜を部屋に上げたこと? それとも好きって言ったこと? その両方? 正直わからないけれど、とりあえず彩菜を長居させるのは危険そうだ。適当にあしらってしまえば――。

 

 そう思った瞬間。ふと不自然なことに気がついた。悲しそうに正座をする彩菜の右手が、自身の背中に回っている。姿見には、彼女がぎらりと輝く鋭利な物をしっかりと握りしめる様子が映っていた。

 

 あれ、死ぬんすか僕。そういえば変な代償もついでに課していたっけ……。

 

「本当に、私のこと好き?」

 

 途端に彩菜の言葉に圧力を感じてきた。よく見るともう目のハイライト消えているじゃん。口角上がっているけど全く笑ってないですやん。

 

 とにかくこの状況はマズい。しっかりと部屋を見回してみよう、何か使えるものはないか、どうにか彩菜から逃げる方法はないか――――。

 

 ――よし、これしかない!

 

「言葉じゃ信じてもらえなさそうだからさ、もう少し近づいてきてよ。頭撫でてあげる」

「こ、これでいい?」

 

 思惑通り、彩菜は少し前屈した姿勢で上目遣いを向けている。僕はよしよし、と頭を撫でつつ、目線でリンに『離れてくれ』と合図をだした。

 

 リンが近くにいることで彩菜を刺激するかもしれない、と懸念したからだ。僕はリンが見えなくなったことを確認し、ベッドに投げ捨てていたアイマスクへにそーっと手を伸ばした。

 

「ねえ……何してるの、悠ちゃん? さっきから態度がよそよそしいの、全部わかってるんだよ?」

 

 驚いて振り向くと、彩菜が先程までの偽物の笑顔すらなく真っ黒な瞳で僕を睨んでいた。その手には隠す素振りもなく握られた銀色の刃。

 

「そもそも……私を差し置いて他の女の子と同居していること自体許せないんだからね?」

 

 刃先が脇腹に迫る。腰は抜けているし、最早ガードすら間に合わない。くそう、調子に乗らなきゃよかった。何が新婚生活だ、初っぱなから最強格のヤンデレをみすみす招き入れてしまったじゃないか。

 

 こんなことなら、リンなんて――――

 

「だらしないですね、ご主人様」

 

 覚悟を決めて瞼をぎゅっと閉じた瞬間。僕の体は柔らかな何かに抱えられ、重力を感じていた。

 

「えっはっええ!?」

 

 開いた窓越しに見える悔しそうな彩菜の顔。そして僕を包み込む甘い香り……。

 

「ご自分で歩けますか」

「ご、ごめん無理かも……腰抜かしちゃって」

「そうですか」

 

 気づけば、僕の自宅付近にはヤンデレと化したクラスメイトの女の子たちが集まってきていたらしい。僕はさっき覚えた恐怖で足の震えが止まらず、やむを得ずリンにお姫様抱っこされる他無かった。

 

 駄目だ、別の何かが目覚めそう。

「でしたらこのまま安全な場所まで逃げます。せめて落ちないように捕まっていてください」

 

 視線と言葉に小さなトゲがあるけれど。軽口もそろそろ叩けなくなってきた、ここは一旦リンに任せて僕は心地よくおやすみ……。


 次に僕が目を覚ました時。リンは体中傷を負いつつも、澄ました表情で僕を睨み付けていた。

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