人生何があるか分からない

大竹あやめ@電子書籍化進行中

第1話

 ある夏の深夜。俺は友達と飲んだ帰りで、とても気分が良かった。酔い覚ましも兼ねてフラフラと歩いて、家までの道を遠回りで歩いていたんだ。


「めでたい……めでたいぞ〜」


 ろれつが回らない口で呟く。今日友達から聞いためでたい話が、めでたくなくて何がめでたいというのか。


「あいつもついに結婚! ついでにパパ! 幸せすぎて涙が出るね!」


 そう言うと、本当に涙が出てきた。酔っ払って、独り言を喋って泣いている痛いオッサンだということは自覚してる。けど、周りにひとはいないし、そんな男をわざわざ咎めるひとなんか、警察くらいしかいない。


 しかもここは住宅街だ。酔っ払いが多い歓楽街ならまだしも、こんなところを巡回しているお巡りさんはいないだろう。


「うっ、ぐず……、ずっと独身貫こうなって言ってたのにぃ……」


 そう、俺は友達に裏切られた気分でいた。三十を超えて恋人も好きなひともおらず、童貞だったアイツとは仲間だと思っていたのに。


 いやぁ、人生何があるか分かんないね。


 今までに見たことがないくらい、幸せそうに笑った友達の言葉がよみがえる。


「くそぅ……、俺だってなぁ……俺だって、かわいい子と付き合いてぇよぉ……」


 情けなくグスグス泣きながら、俺は歩いた。すると、フッと一瞬冷たい風が吹いて顔を上げる。住宅街を歩いていたはずの俺は、いつの間にか木に囲まれた場所に来ていた。


「な、なんだ、ここ……」


 夏だというのに薄ら寒く、俺は両肩をさする。


「お兄さん」


 上から声がして見上げると、そこには白い男がいた。ああ待て、俺は酔っ払ってるからな。もう一回ちゃんと見よう。一度目をこすって見ると、やはり白い男がいる。


「ふふ、お兄さん面白いひと」


 木の上にいた男は、本当に何もかも白い、綺麗な男だった。座っていた枝から降りると、まるで重力などないかのようにふわりと地面に降り立つ。


 真っ直ぐ伸びた白い髪に、色素の薄い瞳、肌は滑らかで透き通っている。白衣びゃくえを着ていて、足は素足だった。明らかに怪しいのに、俺は目が離せない。


 暗いのに、どうして見えるのかと思ったら、この白い男は僅かに光っていた。……ひとって光るものだったか?


 俺の混乱をよそに、白い男は微笑みながらこちらに来る。


「お兄さん、泣いてたの?」

「へ? あ、いや……」

「じゃあ慰めてあげる」

「ちょ、ひとの話聞いてます!?」


 そう言って、強引に手を引っ張られた瞬間、俺はなぜか意識を失った。


◇◇


 そして気が付いたらこれだ。何だよこの展開俺は望んでないぞ。


 俺は自宅のベッドの上で目が覚めた。家まで無事に帰ることができたんだ良かった、と思ったら、同じベッドに昨夜の白い男が寝ていたのだ。


 男は目を覚ますと、俺を見て嬉しそうに笑う。


「昨日は楽しかったですね」

「何もしてないだろ誤解を招くようなことを言うな」


 誤解ってなんですか、と笑う男を睨むと、彼は笑って怖いーとはしゃいでいる。怖いのはどっちだ、と俺はため息をついた。


「まあでも、僕はお兄さんに憑いていきますのでよろしく」

「よろしくじゃない。離れろ」

「あ、そんなこと言っていいんですかー? 酔っ払って転んで、頭打ちそうだったのを助けてあげた、心優しい神様ですよー?」

「うるっさい、離れろったら離れろっ」


 あのままだと、打ちどころ悪くて死んじゃうところでしたーと笑いながら言う男を、俺はぐい、と押しのけた。


 どうやら俺は、フラフラと歩いていたせいで転んだようだった。その前にも何回か転んでいたらしく、身体に傷や痣ができていたのは確認した。それをみかねたコイツが助けてくれたらしい。助けてくれたのはありがたいが、憑いてくるのはありがた迷惑だ。


「かわいいお兄さん、好きです。僕が一生面倒見ますからね」

「……──うるせぇ!」


 本当に、人生何があるか分からない。俺が、神様に気に入られてまとわりつかれることになるなんてな。


[完]

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