纏足の少女

アイビー ―Ivy―

纏足の少女


 アナベルという親友がいる。

 親友とはいっても馬で、青光りするほど美しい毛並みを持った黒馬なのだ。野生の馬で鞍もつけておらず、朝風に吹かれても微動だにせず、黄金の透きとおった朝日を浴びて、清澄な泉のそばに住んでいる。こんこんと湧き出る清水を飲んで、冷たい草を食べ、低く蹄を鳴らして歩く。

 笙鈴(ショウリン)はアナベルに会うとき、いつもお腹を触らせてもらうのだ。ごわごわと毛羽立っていない、なめらかな手触り。じんわりとあたたかい体温。寄りかかると引き締まった体つきが感じられて、アナベルも笙鈴に寄り添ってくれている。鼻を鳴らして顔を近づけ、たまに舐めてくれる。それが、笙鈴にはたまらなく嬉しかったのだ。


「遠乗りしましょう、アナベル」


 しばらく経ってからすっくと立つと、アナベルも言葉が通じたかのように、賢そうで怜悧な瞳を向けて、しずかに頭を垂れてくれる。乗れ、の意だ。

 笙鈴はいつものように楽々乗ると、アナベルは笙鈴を慮るようにそっと立ち上がり、慣らすようにゆっくり歩いた。


「……おまえは優しい馬ね」


 深く、美しい緑色の泉の周りを、アナベルは歩く。言葉は通じずとも、アナベルが笙鈴を乗せて、ひそかに嬉しがっていることがわかった。ちょっと揺れが大きいのだ。笙鈴はアナベルの首を撫でながら、にっこりと微笑んで、森の精気を肺いっぱいに吸い込んだ。



***



 そこで、笙鈴は目が覚めた。

 だらっとよだれを垂らしていて、一度も掃いたことがないかというような、汚い床に寝そべっていたのだ。


「……」


 おそるおそる、漢服の裾をまくしあげてみると、そこにはぐちゃぐちゃになった足を包帯で巻き、木靴に押し込んだ纏足の少女がいた。

 周りを見渡せば、眼窩が落ちくぼんだがりがりの男や、半裸でうっとりと蕩けた顔をしている女、さまざまな人がいるが、誰もがみんな、麻薬の幸福に浸っていた。

 あの清澄な森も、アナベルもない。笙鈴が通う阿片窟であった。


「……あああああああ」


 笙鈴はぐちゃぐちゃに顔を歪めて、阿片窟の壁を引っ掻いた。脳みそが破壊されている気分だった。不愉快で、得体のしれない苛立ちが抑えきれず、胃酸と荒く熱い呼吸がせり上がってきた。

 そうだ。笙鈴は歩いてみたかったのだ。

 痛みを感じることなく、ただひとりの親友と馬に乗って、遠くへ行ってみたかった。馬を鞭で叩いてみたかった。肺いっぱいに森の空気を吸って、風を切って走ってみたかった。口を開けて笑ってみたかった。

 そのどれもが、阿片を吸わなければ、見ることの許されぬ夢なのである。


 笙鈴の迎えは、もうすぐ来るのだろう。そしたら、笙鈴はまた、ろくに歩けもしない体で屋敷に閉じ込められ、伴侶に抱かれるのであろう。

 あの、アナベルの温泉のように熱い体温を求め、笙鈴は震えながら、自分の体を抱きしめた。

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