きみのカタチ、わたしのカタチ

シロヅキ カスム

【SS】きみのカタチ、わたしのカタチ

 まるで嵐に遭ったみたい。

 もとい、本人が嵐のような子であるのだけれど。


「まふゆちゃん。今日はまたずいぶんと『ぐちゃぐちゃ』しているのね」

「…………」


 その小さな女の子は、なんにも答えない。わたしの部屋に入るなり、角の隅っこで体育座りをしてそっぽを向いている。


 表情はわからない。だって、自分の長い髪をぐちゃぐちゃに乱して、お顔を隠しているのだから。

 まふゆちゃんがわたしの部屋を訪問する時は、きまってこんな状態なのだ。髪も、心も、ぐちゃぐちゃの状態でやってくる。


「そっち、行ってもいい?」


 小さな背中に、声をかける私。少し振り向いた真っ黒な毛玉に、にこりと笑いかけてみる。

 片手にブラシを持って。


「…………」


 毛玉ちゃんは、こくりと小さくうなずいた。



 * * *



 はじめて、まふゆちゃんが部屋にやってきた時は驚いた。

 というか、腰を抜かした。だって、開けた窓からものすごい勢いで毛玉の少女が飛んできたのだから。


 この子の名前は『白木まふゆ』ちゃん。ひと月前にうちのとなりに引っ越してきた、小学四年生のかわいい女の子だ。

 同居するおばあさんと一緒にあいさつに来た時、わたしは思わず目を大きく見張ってしまった。


 腰まで届く、漆のような黒い髪。

 レースのついた白いブラウスに、空色のエプロンドレス。

 赤いエナメルの靴はつやつやしていた。


 メルヘンの本から、飛びだしてきたみたいな子だった。西洋のお人形さんのような、愛くるしいお嬢さん……。

 その印象がひっくり返ったのは、わずか三日後。二階にある、わたしの部屋の窓からすっ飛んできた時だ。


「何度も言うけれど、屋根伝いにこの部屋に来るのは危ないよ。まふゆちゃん、屋根から落っこちてケガしたらどうするの?」


 三角座りの背にまわり、わたしはぐちゃぐちゃになった髪をほどく。まずは手で優しくく、それから細いブラシをかけていった。


「平気だ」


 ようやく、まふゆちゃんの口が開く。

 いつものぶっきらぼうな口調。でもやっぱり、やや声がつまっていた。


「前に学校の登り棒のてっぺんから落ちたこともあったけど、ケガしなかった。泣かなかったから……」


 前髪もかそうと思ったら、ブラシを持った手を止められる。まだ、このままでいいらしい。もう少し顔を隠していたいと……。


「まふゆちゃんは強がり屋さんなのね」

「強がってなんか――」


「ウソ。強がってばっかり、そんなの本当の強さとは言わないわ。うちのお父さんならそう言うと思う」

「――なの子だから?」


「えっ?」

「ウチがよわっちな女の子だから? ツルギちゃんも、みんなとおんなじことを言うのか……?」

 

 梳かした髪が、またぐちゃぐちゃに乱される。

 真っ黒の髪に覆われた顔が、拒絶を示した。そこには最初に出会ったようなお人形さんはいない。いまわたしの目の前にいるのは、一人の傷ついた子であった。


「行儀よくしろ、おしとやかにしろ、もっとかわいらしく……もっともっと、こうしろ、ああしろって! ツルギちゃんも、おんなじことを言うのか!」


「そうじゃないの、ごめん……ごめんなさい」


 わたしは、まふゆちゃんに謝った。


「ジブン……わた、しは……まふゆちゃんが羨ましいから。そういう形になりたいって、ずっと……ずっと、思ってたから」

「…………」


 わたしの家は、剣道の道場をやっている。門下生は男ばっかりで、私の髪も短くまとめている。考えは古めかしくて、みんな頑固者で――。


 ブラシを床に置いた。

 わたしも、自分の手で自分の髪をぐちゃぐちゃに乱した。ショートだから、まふゆちゃんのように顔までは隠すことができない。


 それでも、この子とおなじように心の乱れるまま、髪をぐちゃぐちゃにしていった。


「ツルギちゃん……」

「ごめんね、まふゆちゃん。私もぐちゃぐちゃなのよ」


 人はわかりやすいカタチを好む。

 はたから見て、まともなカタチをしている人も、内面ではけっこう『ぐちゃぐちゃ』しているのかもしれない。


「ぐちゃぐちゃ、しているから――」


 ――だからカタチを求めるのかもね。

 誰か自分を受けとめてくれる、カタチというものを。


 わたしはまふゆちゃんをぎゅっと抱きしめた。

 この子がわたしの聖域に飛び込んできたときは、本当にびっくりした。そのまま帰そうと思ったけれど、こうして迎え入れたのは――。


(この子もおなじ……ぐちゃぐちゃした子だったから)

 

 と、わたしこと『黒崎剣一郎』は思うのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きみのカタチ、わたしのカタチ シロヅキ カスム @shiroduki_ksm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ